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1-11  怪談は信じたくない(後編)



「シリウス様危ない───ッ!」


 突然飛び出しきた何かからシリウスを守るべく身を張ったソフィアが見た走馬灯にはナイロの笑顔がよぎった。それもイタズラが大成功したときのあのワルい笑顔…


「わあっ!!!」

「おや」


 像の影から声を出して飛び出してきたのはワルい笑顔のナイロと巻き込まれて不機嫌な様子のウィステリア。


「驚いた?」

「あぁ。驚いたね。驚きすぎてソフィアが気を失ってしまった」

「へ?」

「姉様ッー!!」

「かいちょーってこんなチキンだったけ?」




 ソフィアが走馬灯まがいのものの次に目にしたのは微笑みを浮かべたシリウスの美しい顔。ドアップである。


「ヒギャアァッ!」


 驚いて飛び起きたソフィアはガラス屋敷の一部屋にあったソファに寝かされていた。シリウスが膝枕を申し出たがウィステリアに天敵の如く睨まれたので今回は引いたらしい。


「良かった。目が覚めたね。どこか痛いところはない? 目眩や頭痛もないかい? 今水を持ってくるよ(ウィステリア嬢とナイロが)」

「だ、大丈夫です。大丈夫ですけど、なんでそんな近いんです? もう一度気絶するところでしたわ」


 命の危機を感じるほど脈打つ心臓を宥めながらソフィアが尋ねると、貴公子は「フフ」と呟く。


「さっき僕を庇っただろう? ソフィアにとって僕は守られる対象なのか、ひ弱な男に見えてるのかとガッカリしたんだよ。そんな悪い子にはお仕置きをしようと思ってね」


 今日一眩しい笑顔だったのでソフィアはそれ以上聞かないことにした。


 そんなタイミングで、井戸に水を汲みに行ったついでに屋敷の周りを探索してきたというナイロとウィステリアが戻って来た。


「そうか。やっぱり人が来た気配は無かったんだね」


 シリウスはどうやらガラス屋敷の噂について、不法侵入者だろうと踏んだらしいが、予想は外れてしまったようだ。


「こんなにガラスの彫像があるなら泥棒が盗らない訳ないですものね」

「そうよね姉様。割れているのはどれも窓ガラスばかりだし」

「こんなに荒れ果てているから何が失くなっているかは分からないけど、ガラスは高価だからまったく盗まれてないってのは不思議ね…って、こーらナイロ」


 話がつまらなくなったのだろう。ナイロが濡れた窓面に犬を描いている。間抜けな顔をした犬と目が合う。


「「あ」」


 ソフィアとシリウスの声が重なる。


「結露だわ!」

「結露か」

「え、何?」


 古い木製窓枠は長年続く結露の被害に見舞われてきたのだ。長期間、湿った状態で放置された木材が腐り、それにはめられていたガラスが支えを失い風などの衝撃で落下する。


 貴婦人の霊の正体こそコレだったのだ。


「そうやって『夜な夜なガラスの割れる音が聞こえてた』のね」

「なるほど! さすが姉様!」

「なーんだ、貴婦人の呪いじゃないのかぁ」


 怖い噂ではなくて、ナイロはガッカリしたようだ。


「じゃあちゃんと毎日この水を拭き取ってあげればもう貴婦人の霊とはおさばらってこと? 姉様」

「そうね」


 ソフィアは怯え通した挙句気絶したことなど無かったかのように妹に微笑みかけた。


「それに、私、とっても良い夢を見たわ」




 マロンベール商会がそのガラス屋敷を買ったのはその半月後。


 開店準備に突然賑やかになった廃屋敷に近所の領民たちは皆興味津々だ。集客は見込めそうだと、帳簿を握ったアデルは口端を上げて眼鏡を正した。


 一方屋敷の中ではソフィアが工房から取り寄せた新商品の使い方講座を開いていた。


「この“結露取り器”を使えば端から端まで几帳面に拭かなくても水が取れるのよ!」

「「「おお〜!」」」


 ソフィアが気絶したときに見た“夢”から着想を得た「結露取り器」は、T字の筒の道具で、頭部分を窓面に押し付けて滑らせると表面の水を取ることができ、且つパイプで繋がった下の部分の筒に集水できる、という代物だった。


「雑巾の消耗が減って良いですね!」

「集めた水も再利用できそう」

「主婦の方に売り込めそうだ」

 

 満足そうに微笑った女会長は「でもね」と付け加える。


「これで楽にはなると思うけど、毎日の手入れは忘れちゃいけないわ。立派な建物だから長く使えるといいわね」


 ソフィアのそんな言葉に従業員たちは声を揃えて返事をした。


「かいちょー、向こうの部屋のガラスの彫像たちってどうするの?」


 「捨てるのもあのサイズじゃ一苦労だよ」とナイロが頭を掻く。


「そうね。せっかくだしお店を飾ってもらおうかしらね! 玄関や廊下に上手く配置するように男衆に伝えてちょうだい」

「げー、その男衆っておれも入ってるよね? 絶対重いよぉ」

「文句言わずにほらっ、行きなさい」


 すると窓拭きを手伝っていたウィステリアが揶揄うような表情で首を傾げた。


「いいの姉様? 呪いのガラス像を置いたままで」


 一瞬ソフィアの表情筋が固まったが、すぐに引き攣った笑みで取り繕った。


「あんな素敵な品なんだもの。作品に罪はないし、有効活用しなくちゃね。それにガラス屋敷の噂は結局、結露が原因の法螺話ほらばなしでしょ? なーんにも怖くないわよ!」


 自分で話していて元気が出て来たのか、そのままソフィアは勇足で指示に回った。


「あ、ロゼ、そこ暗いから灯り付けておいてね」

「はいはい」

「全体的に暗いわ。窓を増築しましょう」

「予算って知ってるか?」


 ウィステリアはその背中を追いかけながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を考えた。


「ま、いっか。姉様が気になってないわけないし」


 互いの鈍感さにはまるで気づかない姉妹なのであった。





今更プロフィール

 シリウス=ディンラット

ディンラット公爵家の嫡男。物腰柔らかな紳士として令嬢たちに人気。若いながらも王国騎士団に従軍したり公子として社交を行っており、周りからは高嶺の花扱いされている。幼いころよく王城に遊びに来ていたマロンベール兄妹とは幼馴染。その妹に特に執着を見せており、もう婚約しているのだと勘違いしている貴族は多い。してない。片想いボーイである。ざまぁ。


 ディンラット公爵家

建国時から続く由緒正しい名門。王家の次に権力を持つ。現王妃の生家であり代々剣術・頭脳ともに優秀なことで知られる。敵に回したくない家門No.1を保持し続けている。



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