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1-10 怪談は信じたくない(前編)


 馬車に揺られて半刻。廃れた領境の町に建った館。


 壁の至る所に蔦が巻き付き、カラスの鳴き声が雲天に響いている。真っ黒な屋根やひび割れたレンガが、おぞましい雰囲気を醸し出していた。


「かいちょー、ホントにここで合ってるの?」


 地図を片手にナイロが首を傾げる。


「場所は間違いないのよねぇ…」


 馬車から降りて館の門扉を覗くが、勿論人の気配は皆無。この館は今は廃墟であるので当然なのだが。


「姉様… 今あの二階の窓のトコに誰か居なかった?」

「ヒッッ」

「うそ」

「やっ、やめてよおおぉぉぉリア!」

「リア様やるぅ」


 思わず妹に抱きついたソフィア。姉の腕に包まれてウィステリアは満更でもなさそうである。


「大丈夫だよソフィア。ソフィアに害をなす者は僕が排除するからね」

「ヒィ! 『害なす者』ってなんですか!? え、やっぱりいるんですかココ!?」

「フフ… どうだろうね? さ、行こうか」


 意味深な笑顔にソフィアの血の気が引いていく。それにお構いなしに騎士服姿のシリウスは錆びれた門扉に手をかけた。



 どうしてこんな事に…

 

 事の始まりは、つい昨日のことだ。


「かいちょー、北の廃屋敷の話知ってる?」

「もうそれ怖い話でしかないでしょ…」


 第二店舗を探して書類を整理していたときに突然ナイロに話しかけられたソフィアは顔を顰めた。


「やだなぁ、怖くなんかないよ! ただ、誰も居ないはずの館から夜な夜なガラスの破れる音が聞こえるって話だよ」

「不審者の話か?」


 ロゼの野次にナイロはノンノンと指を振る。


「その屋敷にはその昔、ガラスコレクターの貴婦人とその夫が住んでいたんだって」

「ガラスコレクター」

「そのまんまだな…」


 ナイロは声を低めて語り出す。


「でもある日、夫が愛人を作っていたことが貴婦人にバレたんだ。彼女は夫に問いただしたんだけど、逆上した夫になぶり殺されてしまった…」

「重くね?」

「重いわよ…」

「その後、罰を恐れて夫は行方をくらませた。しかもその屋敷に暮らしていた使用人が次々と不審死を遂げて、多くが国外へと去って行った。それからというもの、夜中、無人になった屋敷からガラスの破れる音が聞こえるようになった。生き延びた使用人は言う…霊となった夫人が夫との日々を恨んで忘れるために作品を壊し続けているんだと…もし、夫人の霊と出会ってしまったものなら、コレクションの一つと勘違いされてガラスのように頭を粉々に破られてしまうだろうと………!」


 ソフィアが怖さのあまり叫ぶとそれに驚いたナイロが叫びを重ねた。


「いや! 普通に怖いじゃないの! どこが『怖くなんかないよ』!? 怪談にしても季節外れ過ぎるしいぃぃ!」

「怪談は年中無休だよ」

「サービスが過ぎるわよッ! ブラックかッ!(泣)」


 「うるせーよオメーら」と流したロゼがふと、ある書類に目をとめた。


「北の廃屋敷ってこれじゃね?」

「「え?」」


 ロゼが差し出したのは、商会第二店舗の建物の候補のひとつ。ソフィアが照らし合わせてみると、やはり貴婦人の霊がいると噂の館と該当した。


「これ、候補としては悪くねぇぜ。廃れてはいるが領境の町だから商会で人を集められれば交易の要の街になり得る。建物自体も頑丈な作りらしいから店舗として不足ねぇだろ」

「うそぉ…」

「じゃあ、かいちょー直々に内見しに行こうよ!」


 全力で首を横に振るソフィアがまるで見えていないかのように、ロゼは「公子とウィステリア連れてきゃ死にはしねぇだろ」と片口角をあげた。


 そして訪れた廃屋敷、通称『ガラスの館』


 シリウスを先頭に一行は館の中へ足を踏み入れた。


 難なく開いた屋敷の扉の先は真っ暗闇で、微かに窓から光が差し込んできている程度だった。絨毯や倒れた家具にはうっすらと埃が積もり、人の気配は皆無で、それがまた不気味な雰囲気を漂わせている。


「『夜な夜なガラスの破れる音が聞こえる』だっけ? 人が侵入した痕跡はないようだけれど…」


 シリウスが慣れた手つきで辺りを探索して呟く。


「どうせ子供がイタズラで入り込んでるんでしょ」

「そうであってほしい…」

「かいちょーってこういうの苦手なの?」

「苦手に決まってるよおっ!! 本当にただのイタズラであって欲しいわ」

「にしては不自然だけれどもね。とにかく奥の方まで見てみようか」

「うぅ…」

「大丈夫よ姉様。わたしがいるんだから!」

「僕もいるよ」

「ホラ吹き笑顔はアテにしてない」

「ウィステリア嬢、僕に辛辣じゃない?」

「おれは頼りにしてるからねっ、公子さま!」

「君はお呼びじゃないよ?」

「ちょ、止まらないでっ。行くなら速く行ってッ」


 シリウス、ナイロ、ウィステリア、ソフィアの一列になって屋敷の中へと歩を進めていく。


 蜘蛛の巣を払いながら歩くシリウスの足元から「パリンッ」と微かな音がした。ソフィアが飛び上がったのは言うまでもない。


「ガラスだね」

「まままさか、貴婦人のコレクション!?」

「床一帯に破片が散らばってるみたいだ。二人とも気をつけて」

「あ、おれはいいのね」


 寂しい屋敷の床に敷き詰められたガラスは口を閉ざし過去を語ることは決してない。そして余計に館の不気味さが増す。


「広い建物ね…」

「とても頑丈な造りみたいだ。雨漏り一つない」

「そうですね。店舗部分を綺麗にしたらすごく良いところになるわ」

「震えててもそこは冷静に見てるのね姉様」


 引き攣った笑みで拳を見せる。


「ふ、ふふ、当たり前よ! 私の店なのだし。ねぇ、働く側としてナイロはどう思う?」


 ソフィアが少年部下の方を見やったが、そこに小柄なあの少年の姿はない。


「ナイロ…?」

「静かだと思ったら」

「おかしいな。ついさっきまで傍にいたはずだけれど」


 揃って視線を投げ交わすが、三人以外に人の気配はない。


「あ、あの子のことだから私達を驚かそうと隠れているのよ」 

「魔力を見たカンジ、どこにも居ないけど」


 ウィステリアが怪訝な顔をする。


「とりあえず奥まで行ってまた道を戻ろうか。隠れているとしたら見つけられるよ」

「なんでシリウス様はそんなに余裕なんですかぁ…」


 ふふ、とシリウスが笑みを浮かべる。ソフィアを安心させたかったのかもしれないが、今のソフィアには暗がりで微笑む死神にしか見えなかった。


 その瞬間。耳をつんざくような破壊音が聞こえてきた。それはまるでガラスを叩き割ったような──。


「まさかナイロ!?」


 ウィステリアが警戒の構えをとる。


 ソフィアの脳裏にはナイロ自身が話した話が蘇っていた。


「まさか貴婦人の霊に捕まった…!?」

「急ごう」


 音のした方向へ三人が駆けると、ベットが配置された子供部屋の床に粉々になったガラスの破片が散らばっていた。


「ガラスだわ!」

「うん。……でもこれは窓のガラスだね」

「窓の? コレクションではなくて?」

「ほら、窓枠が腐ってガラスが落ちたんだ」


 ソフィアがシリウスのそばに寄って見てみると、木造の窓枠が腐敗していた。


「古い建物だからね。年代を考えるにガラスを使用した建築方法が確立していなかったんだ。屋敷内には他にもたくさんのガラス用品があったから窓にガラスを使うことに積極的な趣味だったらしいし」

「なるほど。もしかして噂の『破れる音』ってこのことでは?」

「うーん。それはどうかな。いくら構造が不十分とは言え、何故今になって窓枠が腐敗するのか…」

「どういうことなのかしら。ウィステリア、よく見てご覧なさ、」


 ソフィアは声を失う。


「シリウス様」

「うん?」

「ウィステリアが居ませんッ!!」

「え?」


 白銀髪の少女も姿を消した。

 

 シリウスが息を鎮めて辺りを窺ったが、またもや気配は二人分しかない。


 しかし彼の耳は微かな息遣いを捉えた。それは遠のいて行く。


「行こうソフィア」

「う……は、はい…」

「大丈夫だよ。何も心配要らないからね」


 抜刀したシリウスの背中に貼り付くようにしてソフィアが後に続く。


 シリウスが導かれて行った先は屋敷で一番広い部屋。しかしある物で埋め尽くされ人一人分の僅かな通路があるだけだった。


「きれい…」


 部屋は彫像でいっぱいになっていた。それもガラスで出来た像だ。蝋燭の灯りがそれらの透明な身体を透過し、像自体が輝いているような光景だった。


「ここが貴婦人のコレクションルームかな」

「凄い量ですね。宝石箱のなかに入ったみたい」


 女神、妖精、ガラス製の像たちの間を縫って行くと、屈折した光が瞳を灯す。


 ゆっくりとシリウスが奥へ進んだ瞬間、斜め後ろから物音がした。


 背後からの気配に、ソフィアは彼を守るようにして立ちはだかった。体が勝手に動いたのだった。




今更プロフィール

 ソフィア=マロンベール

マロンベール伯爵家の令嬢。領地復興の際に領民を助けようと商会を設立する。不思議な夢で見るアイテムから発想を得て商品開発をしている。ロゼ曰く「変人に好かれる変人」だそう。心外であるらしい。


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