1-9 私が話したい
伯爵家に新たなメンバーが加わって、秋色の農作物や布地が市場に出回るようになったころ。
「行ーかーなーいでー姉ーさーまー!」
「はーなーしーてリア!」
領民の生活用品も扱う商会の前に停車した馬車の扉で、二人の姉妹が揉み合っている。正しく言うと降車しようとする金髪の少女に銀髪の少女が抱きついて引き留めているのだ。この前までガリガリだったくせに物凄い腕力である。
「どうしてリアを置いてくの!? 一緒に居てくれるって姉様が言ったのに!」
「ちょっと商会に仕事をしに行くからお留守番しててって、それだけよ?」
「やだやだ! 姉様と一緒がいいのー!」
「ぐっ… 美少女の上目遣いの威力…!」
整った顔立ちの義妹に圧されそうになり、ソフィアは唇を噛んで己を律した。
マロンベール家に彼女を迎え入れてからというもの、ウィステリアはすっかりソフィアに懐いた。好かれて悪い気はしないが甘えん坊すぎるのは心配だ。アンナに言わせれば少女はシスコンだとというが、いつもシリウスに付き纏われているソフィアにすれば可愛いものである。
商会の目の前で騒いでいたのだ、当然来客たちの視線を集める。しかしその眼差しは仲良しの姉妹のじゃれ合いを見つめる温かいものである。金髪の少女が仮領主だと気付くと、帽子を取って礼をしたりと慌しくなってしまったので、ソフィアは根負けしてウィステリアを商会内部へ連れていった。
腰にはウィステリアが抱き付いたままである。
相不変ず賑やかに稼働するマロンベール商会本部が、今朝は特に騒がしかった。なんせ商会長ソフィアから召集がかかっていたからだ。
本部2階の事務所に集められた職員たちは落ち着きのない様子でソフィアの登場を待つ。
「ほら、お前ら落ち着け」
この商会の職員は11〜25歳というとても若い年代の少年少女で構成されているので、今日のような小さなイレギュラーに敏感である。とはいってもその表情は好奇心ばかりに染まっていた。ロゼが窘めても高揚感はちっとも消え去らない。
「はい、みんな! 集まってるわね?」
「「「はーい!」」」
幼児のような返事をした職員たちは皆視線をソフィアにしっかりと定めた。そしてはて、と首を傾げた。
「かいちょー、その腰にひっついてるリア様どうしたの?」
「えぇっと、マロンベール家の養女で私の妹になったウィステリアよ。仲良くしてちょうだいね」
「すごく睨まれてる気がするけど」
「姉様は女神だから、変な虫が巣食ってないか見定めてるのよ…フーッ…」
「美少女の皮をかぶった獣かな?」
「猫みたい」
「リア、自己紹介できる?」
「はい姉様! ソフィア姉様の妹のウィステリアです。以後よろしく。姉様にもし不届なことをしたときはあたしが潰す」
「面倒くさい感じの性格になってるじゃねぇか…」
「さ、気にせず話を進めるわよ!」
「図太すぎる」
麗しい珍獣に困惑している職員たちに構わずソフィアは話を切り出した。
「今回皆に集まってもらったのは重要な知らせがあるからよ。何かわかる?」
少年たちから次々と予想が飛び交った。決議にも加わった副店長のロゼと経理担当長のアデル、接客担当長のオーリーの幹部三人以外ははてなを浮かべている。
「うーん、新商品?」
「いーえ」
「あ、分かった! 会長の結婚だ!」
「えっ」
「それは僕が許さないけど?」
「「「ヒッ」」」
「シリウス様!? なんでここに」
いつもの微笑みで突然現れた貴公子にナイロを初めとしたイタズラっ子が悲鳴をあげた。彼らはソフィアと知り合った当初、度々現れるシリウスにイタズラをかけたことがあったが、一度密室でシリウスと“話し合った”以降、彼に怯えるようになった哀れな子羊たちである。
「ソフィアのいるところに僕有りだよ」
「爽やかな笑顔でキモいこと言ってる…」
「ちょ、私の話は?」
「姉様の話を遮るなんて…何なのあの男」
「すみませーん、会長さん。圧がすごくて通しちゃったっス」
ひょっこり顔を覗かせた警備担当はてへぺろり、と舌を見せた。
「仕事してよぉジャスパーさぁぁあん」
「うおっ、泣かないでくださいっスよナイロくん」
「おや? 僕は不審者扱いなのかな?」
「ヒッ。滅相もない!」
「あのー、私の話は…」
涙目になって怯えるナイロの前にウィステリアが立ちはだかった。愛する姉の話を聞かないシリウスに怒りを覚えたのである。
「さがってなさい、ナイロ。仇はわたしが取る!」
「リア様!?」
仇云々はついでである。
「私の話聞いてくださぁーい…」
「おやおやこれはウィステリア王女で、」
ウィステリアを見遣ってシリウスは王族に対する最敬礼をすべく腰を屈める。しかし王族であることをなんとなく知られたくないと思っていたウィステリアの琴線に、それは触れてしまった。次の瞬間、魔法を放つ音と悲鳴と爆発音が響いた。
「ウワァァァッー!! シリウス様に盾にされたオーリーがリア様の魔法を喰らって吹っ飛んだぞー!!」
「オーリーぃい!?」
「あぁっ、新調した窓が!」
「本棚から本が全部落ちた!」
「あそこに隠してたヘソクリが!」
更なる悲鳴が重なるが、問題児たちは構わず見つめ合った。
「危ないですね、ウィステリア様。魔術学院にも通っていないのに魔法を人に向けて放つのは問題行為かと」
「アンタ、笑顔が胡散臭いからキライ!」
背景に吹雪が見える笑顔を浮かべたシリウスと次なる魔法を放とうとするウィステリアが対峙する。
決して広くはない事務所は埃煙と悲鳴が蔓延、地獄絵図と化した。ソフィアは肩を落とし遠い目をする。錆びた人形のように首を回して、腕を組み哀れなものを見る目をした自分の右腕的存在に呟く。
「ロゼさん…助けてください」
「コレを俺がどうにかできると思うか?」
「だってロゼしかどうにかできるイメージないよぉ」
「ったく…」
首を掻きながら、勇者は二人の魔王に近づいて行った。
「姫さ…じゃなくてウィステリア。茶菓子を用意してっからちょっと待っててくれねぇか」
ロゼの目つきは悪い。初対面の子供はみな彼を怖がるのだが、ウィステリアは驚くことも怯える様子もなくロゼを見上げた。やるな私の妹、とソフィアは関心する。
「茶菓子…? でもあたしこのウソ笑顔ヤロウに痛い目見せないと」
「ノノも呼ぶぞ」
「………まぁ、少しならいいわよ」
オーリーの遺体(※生きてる)を抱きながら涙を流していたナイロを引っ張り上げると、ロゼはウィステリアをもてなして妹を呼ぶように言いつけた。
すると次はシリウスに向き直る。
「さて、公子殿。今日は我が商会の大事な日でして。お引き取り願いたい」
丁寧な口調ではあるがそこにロゼ自身の「これ以上は時間が押すんだよ」という圧がこもっていた。
「…しょうがないね。一介の職員のくせにソフィアの信頼を勝ち取っている君の事は気に食わないけれど、ソフィアのためだ。今回は大人しく従うことにするよ」
「はぁ、どうも」
そうしてウィステリアは去り、シリウスもいつもの微笑みを取り戻したので、ソフィアは口を覆って感動の涙を流した。
「ありがとうロゼ…鮮やかな手腕だったわ。やっぱりいつも子供たちをまとめているだけあるわ。これで話ができるというものよ」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
嵐が去ったマロンベール商会で、ソフィアは一つ咳払いをして執り成した。
「さぁ、邪魔がいくつか入ったけれど本題に入るわね。今回、我らがマロンベール商会は新たなステージへと向かいます!」
若き職員たちは皆視線を集めた。
「マロンベール商会、第二店舗開店決定よ!」
どよめきが商会本部を揺らした。
「オーリーさん、鼻血出てるよ!」
「だっ、誰か冷やすモノっ!」
「───って誰も聞いてないッ!?」
ソフィアの悲鳴が虚しく響いた秋の日のことである。
ソフィア「報告しようとしただけなのにどうしてこんな惨事に…」
ロゼ「会長って変な奴に好かれるよな…」
ソフィア「そんなげっそり言わないでよ」
アデル「窓…」
オーリー「俺なんかした…?」