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作者: りーべ

 青春を代表するような暖かな日差しの中、青々と茂った木々のざわめきや鳥たちの平和な合唱を聞き流しながら、それでいても平和に脈打つことを忘れた私の心臓がより一層力強く主張する今日という日を迎えました。体の芯まで冷えるような寒い日々が駆け足で通り過ぎていき、耳当てを外してあなたのきれいな声がより鮮明に聞こえるようになり、太陽があなたのその向日葵のような笑顔を再び沢山見せてくれる季節になりました。しかし同時に「寒いね」とそれを言い訳にあなたと手をつなぐことにほんの少しの恥じらいを感じる季節に、そしてその恥じらいを感じることも滅多に訪れることのなくなるであろう門出の季節を迎えました。

 聡明で努力家なあなたはなりたい将来のかっこいい自分を自慢げに話しそれに向かってひたむきに走り続けていましたね。私には到底考えられないくらいの難関大学を「初めて飛行機乗るわ。写真期待しとけよ」とワクワクしながら受験しに行き、なかなか帰ってこないと思っていると両脇にお土産袋を掲げて勝ったといわんばかりの満足そうな顔にトコトコと効果音の聞こえそうなステップで帰ってきて、「これは受かったわ」と報告してくれた時は私のほうが誇らしげでした。きっとこの先もあなたは、私がいない新天地をまるで鳥かごから解放された小鳥が力強く羽ばたくように舞うのでしょう。何事にも楽しそうに挑戦しているあなたが私は一番好きです。それでもたまには地上の私を思い出して小休憩してくださいね。あなたのもとへ誰よりも早く駆けつけるための行きの飛行機代だけはいつも残してあります。疲れる前に私を呼んでくださいね。英語の勉強だけはしておきます。きっとびっくりするほど上達していますよ。

 初めて会った日からあなたは私にほかの何にも代え難い幸せを運んでくれました。電車の中で初めて見かけた小さくも存在感のあるあなたは入学してすぐの私の小さな味方でした。満員電車の中で自分以外に同じ制服を身にまとっている人がいるのはなんだかとても安心感がありました。そして期待と緊張に身をくるんだ私が部活動見学に行き再びあなたと会うことが出来た時、私の入る部活は決まりました。そこからの約二年間は、全力疾走の夢の時間でした。夢から引きずり出された今、私の視界はぼんやりとあなたを鮮明に捉えません。あなたと初めて話した日、初心者の私に丁寧にバドミントンを教えてくれた放課後、アイスをかけてテストの勝負をした日、どうやって手をつなごうか何時間も悩んだ帰り道、夕暮れが伸ばす二つのシルエットがハートマークを作ったセミがうるさかったあの日、二万歩歩くまで悩んだ誕生日プレゼント、手袋も傘も忘れたその年一番雪の降った日、勉強に嫉妬し私の不甲斐なさに置いてけぼりをくらった受験までの一年間。きっと私の走馬灯を駆け巡る馬はその一瞬の長い時間をあなたを映し出すことに費やすでしょう。毎日通った道もあなたと歩くだけでなけなしのお金で遠出したテーマパークと見間違えるくらいでした。明日からの帰り道で私の横を駆けてきてくれるのは、きっとあなたが隣にいないことを静かに突きつける春の温かい暴力的な風でしょう。失くした手袋の出番ですね。

 私がこうして話してる間はあなたはどこにも行かないということに気づいてしまったのですが、私にそんな権利はありませんね。それでも最後に一つだけ話させてください。私はあなたが恋しい。今、目の前にいるあなたがもうすでに恋しい。行かないでほしいなんてそんなことを言うこともおこがましいことは分かっています。こんなにもおめでたい日にそんなことを感じさせるわけにはいかないでしょう。今生の別れではないんです。泣いていません。沢山電話しましょう。また会う時にはもっと素敵な私になっています。きっとちょろいあなたですから惚れ直すでしょう。沢山あなたと行きたいところがあるんです。悲しくなんてちっともありません。だから安心して、羽ばたいてきてください。お土産期待していますよ。

 先輩、本当におめでとうございます。本当にありがとうございました。行ってらっしゃい。

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