商売の見直し(上)
軽食から離れます。
商売に問題が出てきたため全体的に見直すことにした。軽食のフランチャイズ化はまだ検討中だが、それ以外にも考えないといけないことがある。
問題はいろいろだ。軽食を入れたことで従来品を運べる量が少なくなり、品不足になったこと。調理するリアナの負担が大きい上に、勤務が途中休憩があるとはいえ長いことなどがある。
まず品不足は解決しないとまずい。せっかく店に来てくれたのに買えずに、それでほかの店に行くだけならまだいいが、どうせ物がないからと来てくれなくなると困る。
日本のコンビニで機会損失をうるさく言って食材を大量に捨てるのはいただけないが、保存できるものではやはり品切れは避けたい。
こういうことを考えるのはセレル村のような村に店が1つだけではなく複数あって選べるからだろう。
後から考えると問題が起こるのはわかっていた。従来品はもうあまり残りがないほどまでに売れていたのだ。
そこに軽食を入れて、売り場に持っていく量を減らし、さらに軽食の新規客が来れば、足りなくなるに決まっている。考えたら簡単なことなのに、何か思いついたときは突っ走ってしまうものだ。
この辺は参謀がいてくれるといい。どちらかと言えばマルコがその役なのだが、いま本店の勤務で疲弊していてあまり話に加わっていない気がする。
あれもそのうちどうにかした方がいいと思うが、それを考えるのは今はつらいので、また別の機会にしよう。
解決方法は単純だ。もっとたくさん持っていけばいい。荷車を大きくするのはもう限界なので、行く回数を増やすしかない。
そこでリアナの勤務時間の問題と一緒に解決することにしてしまった。1回目の9時には従来品と軽食を一緒に持っていくのはやめて従来品だけ売り場に持っていく。
これは軽食導入以前は従来品の量としてはまずまず適当な量になっていた。だから元に戻せばそれでちょうどよい。そして10時半ころに軽食だけ別に持ってくればいい。
そうすればリアナは早起きせずに済むし勤務時間が2つに分かれることもない。俺もたまにだが早く起こされることもない。
ただ誰が運ぶかという問題はある。リアナ1人で運べる量ではない。ロバのフルールは売り場にいるので一度帰らないと運ぶことはできない。
ロバが一頭で勝手に帰ってくれればいいが、残念ながらそうはいかない。ロバを増やすこともありうるが、無駄が多すぎる。だいたいいまもロバはせいぜい1日2回、片道30分ほどの距離を往復するので、2時間くらいしか働いていない。
動物相手でもブラックにするのは嫌なので、そんなにやたらきつくしたくないが、飼育代のこともあるので暇すぎるのも困る。
そこで荷車の馬車を頼むことにした。一時期はやっていたアウトソーシングだ。少々割高かもしれないが、フルに動けないのに人を雇ったりロバを増やすよりは安い。
考えたらまだ問題があった。リアナがワンオペだ。今の状態で量としてはちょうどよいのだが、リアナが外に出たいとか病気したときに明らかに困る。
もちろん必需品でないのでそんなときは休みにしてしまえばいいし、そういう方がこちらの世界の発想だ。
ただ今後リアナが他のことをしたいというかもしれないし、フランチャイズなど商売を広げる可能性は高い。短期的には損でも、人を増やしておいて将来に備えた方がいい。
そういえば21世紀初頭の日本の財界は採用を抑えて氷河期を作り出したあげく、10数年して中堅層が足りないと言っていたな。足りないのはお前たちの知恵だろう。
それはともかく人を雇うために探すことにした。ところが意外なところから人が来ることになった。セレル村の仔鹿亭の娘のエミリーだ。
俺はときどきセレル村にも帰ったりしている。それは勤務は週20時間以下だし、魔法塾も週2回で時間に余裕がある。ブラックからの解放のためだ。
ロレンスも会いたがるし、レナルドに稽古をつけてもらうこともあるし、マルクと商売の話をすることもある。セレル村での軽食販売のこともある。
そこで人を雇いたいなどと話したら、エミリーが来たいというのだ。エミリーなら料理もうまくいきそうだが、仔鹿亭の戦力になっているから無理だと思っていた。
だがクロードとミレーユは少し外を見てくるのもいいという。しかもまたあのエロ親父たちがうごめいているらしい。人がちょっと目を離すとこれだ。
エミリーは18歳で上司になるリアナより4つ年上だが、それでも来たいという。まあそもそも雇い主の俺は8つ下だもんな。
リアナにも了解を取ってエミリーに来てもらうことになった。
14歳のリアナの方が18歳のエミリーより調理ではずっと修行もしている。経緯から言ってもリアナが上に立つのが自然だろう。
2人の性格はリアナの方が男社会でもまれたのかさばさばしていて、エミリーの方がほんわかしている。パワハラっぽくならないといいのだけれど。
新たにエミリーがやってきたので、売り切れも少なくなったがこんどはあまりも出るようになった。あまりだからと言って捨てるのは忍びない。
ふつうはこちらの社会だと機会損失を見込んで多めに作ってなどはしないのだ。もちろん材料を多く用意しすぎて無駄にしてしまうことはあるようだが、完成品を捨てるのはあまりないようだ。
売れ残りを出さないためには最後に特売という手もある。日本ではほとんどのコンビニはしていないが、しているコンビニチェーンはある。
だがなんとなく特売はやりにくいと思っていた。屋台が特売しているのもあまり見ないしね。
ある程度は統計を取ってどれくらい売れるかの予測を作る。軽食なので買えない人が出ても多少は仕方ないところがあると割り切って、ちょうどいい量を作るようにする。
ただ天気予報もなく、西の空を見たり空気のにおいから判断するしかないので、雨の予測がつかない。突然の雨が降ってくると店に人が来ずに、大幅に売れ残ったりしてしまう。逆に長雨続きだと街中の店まで行きたくないのか、よけいに客が来たりしてややこしい。
そんなわけでどうしても余りが出てしまうことがある。
結局売れ残りは悪くならないうちに教会に持ちこんで孤児や困窮者に施すことにした。
教会のサミュエル司祭を訪ねる。
「こんにちは。お世話になっています」
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
「こちらの軽食はご存じですか?」
「最近評判になっているようですね」
「はい、おかげさまで売れ行きも好調です。司祭様もどうぞお召し上がりください」
そういって、差し出す。
「これはありがとうございます。うん、なかなかおいしいですね」
「そういってもらえると、こちらも作ったかいがあります」
「それでお話はどんな……」
「実は人気があるので買いそびれないようにたくさん作ると、余ってしまうことがあります。
そこで悪くならないうちに持ってきますので、教会の方で孤児の子どもや困窮した人に施してもらえないかと」
「はてさて、私どもとしてはありがたい話ですが」
「ただあまりなので、毎日決まった量はお持ちできません。もちろん持ってこられない日もあります」
「それはわかります。それ以外に何かありますか?」
「後は本当に困った人にだけ差し上げてください。お金のある人がタダで受けとるとなるとうちが困ってしまいます。
さすがに教会なのでそういう不心得者は多くないと思いますが、お金のある人からはその分の寄付を取ってください」
「わかりました。そのようにしましょう」
これでよほどおかしな人間以外は大丈夫だろう。とはいえたくさんの人を相手にするとどうしてもおかしな人間というのは出てくるものだ。
ただ今回の場合それを最小限にすれば何が何でも根絶までしなくてもよい。多分これで大丈夫だろう。




