30. 軽食のその後(下)
さて商売を広げるとなると生地をこねるのにこね機が必要だ。生地をこねるのは手首や腰に良くない。
リアナは平気だというが、いつ悪くなるかわからない。ブラック企業は従業員に無理をさせて、体を壊すと働けないからと使い捨ててしまう。
泣き寝入りしているとブラック企業だけ得して本人はもちろん社会も損をするので追及しなければならない話だ。
というわけでそういうことにならないよう、俺の店ではあらかじめそれが起こらないようにしたい。
どうするか、こねる作業を機械ですればいいのだ。仕組みはそんなに難しくない。前に家庭用のパン焼き機の動きを見ていたことがある。釜の底の羽のような部品が生地をこね上げていた。
自転車のペダル式かミシンやピアノの足踏み式で足の動きを生地をこねる部品の動きに変えればよい。
生地をこねる部分の動きより足の動きの方が大きいためてこの原理で小さい力でこねることができる。
またこねるときの手や腰の動きは不自然な力がかかりがちだが、足を動かすときには自然な動きにすることができる。そんな理由で体に負担がかかりにくい。
ただ問題がある。アイディアの概略はあるが、細かい設計やまして実際の組み立てはできないということだ。
これについては機械を作る職人に頼めばよいことだ。そう思い、商業ギルドで作ってもらえる人がいないか聞いてみたが、どうもうまくない。
こちらの設計が具体的でないのもあるが、試作料として数百万単位の金額が提示される。
無理すれば出せないわけでもないが、まだ海のものとも山のものとも思えないものに、そこまで大掛かりな投資はできない。
それから特許制度が怪しいことも問題だ。ないわけではないらしいが、誰に聞いてもあやふやだし、国家の制度としてはどうやらきちんとしたものがないらしい。
そうすると作ってもすぐにまねされて、こちらの投資が無駄になってしまう可能性が高い。
そんなわけであまりに複雑で大掛かりなこね機を作るのはあきらめた。
だがやはりこね機は作りたいので、簡単なものを作ることにする。しっかりした1mくらいと50cmくらいの長さの木材と横木を組み合わせて少しゆがんだA字型の部品を作る。
部品には下側に2つの先端があり、長い方にミシンかピアノのようなペダルをつけ、短い方には粉をこねるためのへらのような部品をつけて容器に入れる。
頂点の山の部分が支点になるように下から台で支える。そこで放置しておくと自重でペダルが元に戻るようにしておく。
ペダルを斜め下方向に踏み込むようにすると、へらが真下から前方上方向に動いて生地を捏ね上げる仕組みだ。
もちろん自分ではそれほど大きいものは作れないので、木で模型だけ作る。それを木工職人に見せて作ってもらうことにする。
もともと考えていたよりはずっと簡単な仕組みだ。これならば十数万で作れるという。まあ投資のためには元手は必要だ。
そのままでは生地がうまくへらに絡まなかったり、ペダルが戻らなかったりした。
職人と相談してばねをつけたり、へらや容器の形状を工夫したりしてうまく捏ね上げられるようにする。よくよく話してみると、部品を2つ並べた方が両足で操作しやすいとわかり、そうしてもらう。
特許制度があやふやのでマネされてしまうかもしれないが、まだそれほどこね機に需要があるとは思えない。
たいていは手打ちで済ませているのだ。そういえば昔、家内制手工業とか社会で勉強したな。
機械自体は単純な仕組みだし、マネされても仕方ないだろう。
出来上がった試作品を店に持って行ってリアナに使ってもらう。ちょっと大がかりなのでシンディたちは目をむいている。
「ずいぶんと馬鹿でっかい機械ね」
それはアームが1mほどあるからでかいことはでかい。俺が試しに運転する。と言っても容器に粉と水を入れて軽く混ぜた後に機械のへらのところにセットする。あとは椅子に座ってペダルを踏むだけだ。へらの部分が生地を捏ね上げる。
「なんか工作したり職人のところに行っていたりしていたけど、こんなもの作っていたのね」
こんなものとはなんだ。これでもいろいろ工夫があるんだぞ。
「ここ見て、容器だけど中の部分を丸く滑らかにしてあるんだ。だから生地が隅っこに入ってこねられないなんてことがない」
「それでこれを使うと何がいいの?」
実際に使うことになっているリアナが聞いてくる。
「やってみればわかるけど、こっちの方がずっと力をかけなくてすむ」
「へえ、なんで力をかけなくてすむの?」
「これはてこの原理というもので、こちらのペダルの部分は大きく動いて、へらの部分はあまり大きく動かない、それだけよけいに力が入るんだ」
実は比の考え方は難しいのだ。なんとなくの説明で済ます。
「じゃあ、全体としては得しないのね」
「そうなんだけど、手で生地をこねる動きは不自然だし力が大きいから腰に負担がかかるけれど、足の動きは自然だし力が小さいから負担がかからないのがいいんだ」
「生地こねるのそんなにつらい?」
「結構つらいけどそうでもない?」
「あまり感じないし、次の日になれば疲れもないけどね」
若い子たちは腰を悪くするつらさがわかっていない。少しつらくてもすぐに回復するから問題ないと思っている。
おじさんになって腰を悪くするとつらいだけでなく、いつもなんとなく腰への不安が付きまとってしまうのだ。
とにかくリアナにも試してもらい、機械によるこね上げをスタートすることにした。別に手打ちとは称してないから機械を使っても特に問題もない。
はじめは片づけをしたりするのが面倒だし手でこねた方が楽だと言っていたリアナだが気づくと機械を使っていた。やはりこちらの方が楽らしい。
それはそれで作ったかいがあった。いまはおやきと餃子だけで大した量ではないが、そのうちこね機がよくなれば製麺もしたいと思っている。
量が増えたときに今までの手打ちでできるはずがない。とりあえず従業員の労働安全衛生にはつながったし、将来のもうけにもつながりそうだ。知恵だけではだめで元銭がないとこううまくはいかないと思う。
なおこの機械は足踏みで生地をこねる仕組みだが、直接踏んでいるわけではない。
直接踏んだとすると、乙女の足踏み生地などと言い変なマニアには受けるかもしれないが、大半の人は嫌がるだろう。
ともかく、こね機のおかげでブラックになりそうな要素は1つ取り除けたし、今後商売を拡大する基礎も作れた。
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