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軽食を売る(下)

 そこで一石三鳥くらいのアイディアが思い浮かんだ。ただそういうアイディアはそれぞれの鳥に当てる見込みが甘いことも多いのでよくよく検討する。


内容はこうだ。仕入れをしているドナーティ商会の倉庫の近くに、閉店した食べ物屋がある。カウンターくらいしか客席のない小さい店だ。


表通りでないためかあまり人気が出なかったようだ。その手の店は人通りが多いところでないとうまくいかないかと思う。


そこを居抜きつまり前の店の設備つきでそのまま借りる。裏で実際に店がつぶれているのでそれほど高くないだろう。そこでリアナはそこに行ってもらえば早起きせずに済むのが1つ目。


またリアナに大きな厨房を任せることができ、また調理品の量も増えるのが2つ目。


そして3つ目はリアナはもっと働きたいようなので、午後の売り物を出したのあとはここで店をしてもらう。行商の店で買えなかった人にはこの店へ案内する。





 いいアイディアだと思うが、もし店を長い期間でないとかしてくれないなどということになれば、失敗したときの撤退ができないので進められない。


逆にいつでも撤退できるというのなら、少しくらい損をする可能性があっても賭けてよい。マルコに計画を話して聞いてみる。


「これこれしかじかで、あの閉店跡で調理品を作ってもらおうかと思うんだ。午前は売るものを作ってもらい、午後はその場で売ってもらう」

「今のペースで売り続けられると思う?」


「お好み焼きにお焼きに餃子にパンケーキに軽食がいろいろあるから割と飽きられずに長く買ってくれる気がするんだよね。

あと賃貸の形態次第だけど、失敗したら割とすぐに撤退できるようならやってみればいいかと思っている」


「まあ、そこまで考えているなら止めないよ。だいいち、いまのままでも買いたい人に売れず、売る機会を失うとともに評判を落としかねない問題があるものね」


マルコはちゃんと問題を把握している。それに応える。

「うん、じゃあやってみるよ」




 そこで閉店跡の持ち主を調べて賃借を持ち掛けてみた。するとやめたいときは2か月前に申し出れば賃借をやめていいとのことだった。


これが12か月縛りでその分家賃を払い続けなければならないとなれば、怖くて借りることができないが、3か月分くらいなら捨てても大丈夫だ。空家になっている店舗だからか、きつい条件がない。


しかも裏通りのカウンターだけの店なので賃料も安く7万ほどだった。これくらいなら失敗してもさほどの痛みはない。


考えたら日本にいたときよりずっと大きなお金を動かしている。経営者と言っても数十万単位の金しか動かしてないが、それでもあちこちで数十万を切っている。


それでたいてい回収できているから、経営者っぽくなっていると思う。以前は典型的な日本の労働者だったのに。



 いちおう契約の前にリアナにも聞いてみる。調理しにくいとなれば見送った方がいいからだ。

「ここの店借りて、調理場にしようかと思うんだけれど、どう?」

「なかなかよさそうじゃない。今よりは厨房も広いし使い勝手もよさそうね」

「ついでに午後はここで店を出す気はない?」

「えーと、よくわからないのだけれど」

「ここを調理場に借りようと思うのだけれど、午前だけで午後はまるまる開いているから、店をしないかということなんだけど」

「すぐにはわからない。考えさせて」




 そう言われてこちらも考える。きちんと詰めてなかった。だいたいその店をどちらが経営するかということもある。俺が経営してリアナを雇うのか、それともリアナが経営して俺は場所をまた貸しするのか、後者だとレシピやブランドの使用権料もとらないといけない。


もちろんうまくいけばリアナは大儲けできるかもしれないが、失敗すれば大損で、ちょっとそれは14歳の女の子には負担が大きい気がする。


やはりここは俺が経営して、リアナに給料を出すのがいいのだろう。そう10歳の男の子は考える。中身はおっさんのツッコミはいらない。




 俺が経営することにしてリアナを雇うと持ちかける。

「前に話した件だけど、俺が店を経営するからそこで働いてくれない?」

「それならいいわ。よろしくお願い」


リアナも乗り気になったので、店を借りることにした。

複数台のかまどが残っている上に調理スペースもうちより広い。リアナは水を得た魚のように跳ね回り、前よりもずっと多い量を作る。


「本当に面倒なことを考えなくてすむから楽」


前はボトルネックのかまどを使う順番を考えなくてはならなかったのだ。しかも厨房も狭かったから、何度も片付けをしなければならなかったらしい。多く作っても売れるのでこちらとしてはありがたかった。



 ところがまた一つ問題が起こった。リアナの勤務が長くなるのだ。6時に来て8時まで午前用の調理品を作り、その後また1時までに午後用を作り、さらに夕方まで店のものを作る。


途中に長い休憩があるとはいえ、6時から5時などとなればどう考えてもブラックだ。リアナはそう考えていないようで、前より楽だし、お給料もいいと喜んでいた。いろいろと再編成しないといけない。




 なお清掃と手洗いとマスクは徹底することにした。もっともそれはリアナ自身が仕込まれていたので、さほど言う必要はなかった。


ただリアナだけでなくときどき手伝いが入ることもある。あまり言うと神経質だと言われそうだし、屋台では日本でもずいぶんな衛生管理のところもあるらしい。


エタノールなどはないので日本の保健所が求めるような衛生管理はできないが、物が悪くならず食中毒を起こさない程度のことはしておきたい。


だいたい調理品をその場で食べるのではなく、遠くまで売りに行く形態はこちらではあまり見ないので、気を付けておきたいだけだ。


こちらの世界では細菌だの微生物などはまだ知られていない。だいたい地球でだって19世紀に手術前に手を洗おうと提唱した医者が非難されてちっとも主張が受け入れられなかったくらいだ。





 そうして調理品を売るようになりかなり利益が増えて、いろいろ問題を抱えながらも商売を続けている中で、レオーニ氏がクラープ町まで来てくれることになった。


提携先がどのような商売かと弟子がきちんとやれているかを見に来たいらしい。事前に手紙が来て、こちらも準備していた。


それほどの高級宿があるわけでもないが、安宿に泊めるわけにもいかず、町内ではわりといい宿を探す。



 当日の馬車が駅につきそうな時間に、子どもを雇って迎えに行かせる。最近は流行らないが、昔は日本でも駅で旅館が○○様歓迎の紙を掲げて改札で待っていた。子どもはリアナの店に連れていく。俺たちもその日はリアナの店で待機していた。


堂々としてにこやかな顔のレオーニ氏が姿を現す。さすがに外なのでコックコートではないけれど。




 料理がしたいのか弟子に教えたいのか厨房ではリアナと一緒になって腕を振るってくれる。


また行商の売り場も見たいというので、その日は事前予告して軽食だけの販売にした。


「クルーズン市でレストランをしておりますレオーニと申します。こちらのフェリス君とは一緒に軽食を作りました。

美味しいものでクルーズン市の皆様にも喜んでもらっているので、クラープ町の皆様にもぜひお楽しみいただけると幸いです」


こんな感じで威風堂々として真っ白のコックコートが映えるレオーニ氏があいさつすると大うけする。2~3日の距離だが、やはりクルーズンは都会だ。あっという間に人だかりになり軽食が売れていった。




 売れ行きのよさを見て、俺はアランにドヤ顔した。


「どうだ? これは?」


アランは狐につままれたような顔で見ている。


「どうだって何がどうなんですか?」


こいつ、覚えていないのか。人に夢がどうだとかビジョンがどうだとか、具体的に何か目指すものを出せとか言ったのを。何か独り相撲っぽい。


「前に話したろ、具体的に何か目指すものを出せとか何とか」

「あーあ、言いましたね。それでこれ。……いや立派なものだと思いますよ。感服しました」

なんか軽い。こっちはさんざん苦労したのに。

「まあこうして売れるものもできたし、よかったんじゃないですか」


まあそう考えるしかないのか。やはりでっち上げでも夢か何か作っておいた方がいいのかな。ただそれでまた揚げ足取られそうだし。


とりあえず、売れるものができてよしとしよう。


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