軽食を売る(上)
リアナが早起きしてうちに来て調理を始めた。6時ころに家に来るので早起きしなければならず、ちょっと閉口する。
伯父の店に勤めてややブラック気味のマルコも早起きなので家を開けるなど対応してくれるが、こちらも目が覚めてしまうことがある。
逆に目が覚めないことの方が多いのだが。そういえば実家にいたころ、明け方に猫が人間を起こそうとするのだが、みんな起きずに起きてしまう親父だけ集中的に狙われていた。
ついでにいうとクロはリアナにいろいろもらっているようで手なずけられていた。
リアナの調理はさすがに本職だけあって手際がいい。もちろんレオーニ氏も見事だったが、彼女も劣らない気がする。
まずは寝かしが必要な生地の捏ね上げをどんどん進めていく。あれ、結構腰に来るはずなんだけど大丈夫だろうか。
それから野菜を切り刻むスピードも速い。見ていて怖いような大きい包丁を軽やかに動かして、どんどんと野菜を切っていく。彼女が便利に使えるように大きめのまな板に買い換えたくらいだ。あっという間に野菜が切り刻まれていく。
卵を割るのも速ければ、泡立ても速い。
「この泡だて器はフェリスが作ったんだって? よくこんなもの考え付くよな」
まあ、それは元の世界にあったものだ。
そして次々に焼きに入る。かまどが一つしかないので、仕込みの作業と並行しつつ、火を通す。
例えばお焼きを蒸し焼きにしている間に餃子を作ったりなどしているのだ。
だがやはりかまど一つでは足りないように見える。だいたいここは家庭用だ。プロの調理用にはなっていない。
さすがに保健所が家庭用とは分けろとは言ってはこないが、しょせんプロの使うものではない。サイズも火力も足りないようだ。リアナからはもっとかまどを増やしてほしいと言われる。
8時には出来上がってそれを積んでさらにドナーティ商会の倉庫でも商品を積んで売り場に行く。
初日は買い物しれくれた人に、少量ずつ試食品として配ることにした。餃子は別だが、お好み焼きもお焼きもパンケーキも切り刻んで一口サイズにする。
「クルーズン市の名店レオーニ亭のシェフが監修した軽食です。今日はお買い物してくれた方に試食で差し上げます」
「高級店レオーニ亭のまかないで出している軽食です。クルーズン市でもまだ知る人ぞ知る料理ですよ」
レオーニ氏はまだ分店までは出していないが、本店で試しに少し出してみたりしているとのことだった。
試食品を出すと珍しいもの好きが多いのか、いつもより人が集まったし、売り上げもよくなった。
ところで販売のときに前世より面倒なことがある。使い捨て容器がないのだ。熱帯地方などなら、大きな葉があるのかもしれないが、ここにはそんなものはない。
紙は高いし、水分や蒸気を通さない油紙のようなものはない。するとその場で食べてもらうか、容器を持ってきてもらうかしないといけない。
江戸時代あたりの買い物はそうだったようだ。ただ容器がないとせっかく売り出す機会を逃してしまう。
そこでデポジット方式で薄い木皿を用意して、皿代200ハルクを取り、洗って持ち帰ってきたら200ハルク返しますということにした。これでいくらか不便は解消すると思う。
試食した人はたいてい購入してくれる。お好み焼きは500・お焼きは200・餃子は3つで200・パンケーキは300ハルクで売り出した。食べ物としてはわりと高めだと思う。
ところがどんどん売れてしまう。まずいことにあっという間に売り切れてしまい、買いたい人が残念がっていた。少し量を増やさないといけない。
少ない量を出して買えない人の飢餓感をあおるとか並ばせるような商売はしたくない。だいたい日本にいたころも、長く並ばせる店はすぐに見放して使わないようにしていた。あの手のマーケティングは大嫌いだ。
そしてもう一つまずいことがある。実は調理品を積むのにいつもの食料品等は少なめになっている。だからそちらも早い時間に売り切れてしまう。
このままだとふだん買いにに来てくれる人が買えなくなってしまうし、それが続くと来てもらえなくなってしまう。うれしい悲鳴であるが、真剣に対策を考えないといけない。
翌日以降も別の売り場で同じことが繰り返された。それどころか、前日に買えなかった人の一部がわざわざ遠くまで買いに来たため、ますます売り切れが早くなった。
一時的な人気を見てあまりに商売を広げたところで、人気が下がったりすれば大損をするので、少し様子を見ようかと思っていたが、このまま放置すると評判が下がってしまう。
これは本格的に対策を考えないといけない。商売を広げる必要があるが、一方でもし人気が落ち着いて売り上げが下がったときにはさほど被害なく縮小できるようにする方法を考える。




