軽食の売り出し準備(下)
夜にシンディに生地作りをやってみないかと振ってみた。するとけっこう乗り気のようだ。
実際俺より力が強くて腰が入っているので、見事にこねあがる。俺がひいひい言っているのに、楽々しているようだ。
「大変だ大変だといっていたけど、大したことないじゃない」
そういえばまだシンディの方が体が少し大きいのだ。
ところがお焼きを丸めたり餃子の皮を作る段になると全く状況は変わる。
シンディのお焼きはちっとも具が皮に包まれきれておらず汚らしくはみ出ている。餃子の皮の方もちっとも丸くならず、変な形をしていたり、厚ぼったい部分と薄すぎの部分と穴があったりする。
どうもこういう細かいことはダメなようだ。
「キーッ。めんどくさい。あとやっておいてね」
そう言って投げ出してしまった。
うん、助っ人が来るまで手分けしてお互いの得意なことをするのがいいかもしれない。
さてそうこうしているうちにレオーニ氏から手紙が来た。頼んでおいた助っ人が来るというのだ。3日後には来るとのことだ。
いつものことながら首を長くして待つ。3日後にはだれか家にいた方がいいので、またアランとシンディに商売に行ってもらう。
それで家で何をしていたかというと、猫もふはもちろんだが、それだけではない。実は機械の設計をしていたのだ。そうして午後3時ころになって家に来客があった。
来たのは少し大柄の女の子だった。いや大柄というのはいまの俺より大きいということだ。ただなんとなく腕が太い気がする。
「はじめまして、リアナよ。レオーニ師匠の紹介できたわ」
「はじめまして、フェリスです。どうぞ中へ」
さっそく家に招き入れる。食卓に案内してお茶などを出す。
「さて、そこで、うちの調理を手伝ってくれるとのことでしたね」
「はい、そのように師匠から言われているわ」
「ところで、料理のご経験はどれくらいで?」
「10歳の歳から別の店と師匠の店で計4年修業をしてきたわ。一通りの調理は仕込まれているよ」
若いがけっこうできる人をよこしてくれたらしい。なおレシピについてはレオーニ氏と秘密契約しているとのことだ。
「お好み焼きとお焼きと餃子とパンケーキを作ってもらいたいんだが、どんなものかわかる?」
「師匠の試作品をずいぶん食べさせられたわ。あれあなたが元のアイディアを出したの? 珍しいものねえ。一緒に試作を手伝ったから、いまからでも作れるわ」
ずいぶんと頼もしい。これなら明日からでも調理してもらえそうだ。
ただ来てもらったばかりで休んでもらう必要もあるし、下宿先も探さないといけない。
とりあえず安宿を紹介して、明日は下宿探しをしてもらうことにした。下宿探しの手伝いは顔が広いギルド支部のスコットに頼む。
明後日にでも仕事を始めて、3日後から売り出せればいいと思っていた。
「そんな悠長なことをするのも面倒ね。すぐに下宿探しに行きましょう」
疲れているかと思い気を使ったが、下宿探しを急ぎたいらしい。そこでさっそく、スコットのところに連れていく。
「スコットさん、こんにちは」
「おう、今日はどうした?」
「前にちょっと話していた下宿探しのことです。きょうクルーズン市からうちの店の助っ人の人が来ました。こちらのリアナさんです。さっそく下宿を探したいというのでよろしくお願いします」
「おお、そうか。ずいぶんせっかちだな。まあ心当たりはあるから、ついてきな」
下宿探しはスコットに任せて、俺は家に帰る。またモフモフと機械のアイディアを考える。
機械の方は実はコンセプトだけで具体的なメカニズムまでは考えられていない。つまり妄想に近い。
とはいえそれは職人に相談すればいい。というわけで実は猫もふといくらかの読書をしていたのだ。
夕方頃になってリアナが戻ってくる。さっそく下宿先も決めてしまったらしい。なんともせっかちなことだ。さらに明日からでも調理にかかりたいという。
「動いていると気分がいいんだ」
さすがにまだ材料がない。明日市場に案内するからと、下宿に帰ってもらう。
翌日はまず労働条件の確認だ。実は先にレオーニ氏に提示してあったが、あらためて説明する。
ただレオーニ氏が説明してないのか、本人が聞いていなかったのか、よくわかっていなかったようだ。
師匠も師匠なら弟子も弟子である。契約書の方は何か興味なさそうにサインしたが、そのあとに一緒に市場を回ったときはずいぶんと熱心だった。
リアナの調理スペースとしては家の厨房を使い始めた
リアナの仕事は朝の8時までに調理品を用意すること、午後の販売があるときは1時までに調理品を用意することだ。それ以外の仕事はない。
「こんな緩くていいのか?」
レオーニ氏の店は人気店だっただけに修行はきつかったらしい。飲食店だから仕方ないのかもしれないが、微ブラックっぽい。ビブラックって薬の名前にありそうだ。それはともかく確かに拘束時間は短いのだが、8時までに作れというのはうちではきつい方だ。
そもそも早起きが嫌いで、いろいろ遅めにしている。そういえば前に沖縄に行ったときは9時10時じゃあまり店は開いてなかったような。
年よりはどうも早く目が覚めるようで、早起き自慢は自慢になっているのか怪しい。俺は中身はおっさんだが、生理的なことは体に合わせて若いらしい。
「みんなそうだし、午前中4時間だけとか、午後もあるときはあるけど」
「実際、みんなどれくらい仕事している?」
「うちの行商は1週間に7カ所行っていて、1カ所当たり2人行くから、延べ14人必要だ。それを3人で分担しているから、1週間に5回弱だね。どれも4時間ほどだ」
「そんなんで、お給料の方は大丈夫なのか?」
「いちおうみんな15万出せているし、商会の方も利益があるよ」
「それならいいけれど、みんなそれでほかの時間は何をしているんだ?」
「俺は魔法塾に行っているし、シンディは剣術道場だね。あとアランは歌手になりたいとのことで活動している」
「あたしも何かした方がいいのかな?」
「まあ、それは自由にしてもらっていいよ。ただ別のところで働くのなら、あまりきつい仕事はしないでほしいな。
疲れをためたり体を壊したりしてこちらに差支えると困るから。他で働くなら、そちらの親方にはひとこと言わせてもらうよ」
いちおうくぎを刺しておく。14歳の子じゃオッサンやオバサンに何か言われたらいいように使われそうだからな。
そうはいっても外見は10歳の子がクレームをつける光景もなんとなくおかしそうだ。




