25. 軽食の売り出し準備(上)
クルーズン市のレオーニ氏を訪ねた翌日は念のため店には出ないことにしていた。
ここのところ、クルーズン出張のためにシンディとアランには予定より余計に店に出てもらっている。もちろんその分の手当ては出している。
なお俺のクルーズン出張もあくまで新事業のためであり、手当は出ている。これらは全部、適正な儲けが出ているからできることだ。それができないような事業は見直した方がいい。
正確に言えば俺は代表の経営者だから、元の社会にいたとしても労働者に対する保護を受ける立場ではない。
取締役でも労働者の性格のある仕事もありうるなんて話もあるようだが、さすがに一番トップの代表が労働者というのは無理がある。
それでも働いたらその分の報酬を受ける原則はなんらか貫いた方がいいと思うのだ。
今日店に出ていないのは、何かトラブルがあったときのため、疲れが出ることが予想されるため、そして習ってきたことを試すためだ。
そういう余裕も置いておいた方がいい。本当に余裕がなくなると、手抜きをしたり雑になったり、いろいろ問題が生じてくる。しかもそれが気づかないうちに蔓延してくるのだ。
別に猫をなでたいとか、お昼寝をしたいというのではなく、極めてまじめな理由だ。
話は長くなったが、トラブルもなく、疲れもさほどではないため、習ったことを試すことにした。
もっとも疲れを感じないのは、昨日習ったことをさっそく試したい、食べたものを皆に食べさせてやりたいと、少し興奮しているのかもしれない。
疲れを感じないからと言って無理すると後に響くが、この若い体なら思い切り動くのも悪くない気がする。
そうは言っても2人が帰ってこないと食べさせられないので、その時間に合わせて出来上がるようにする。
まずは市場に買い出しに向かう。ところが幸か不幸かクラープ町では手に入れにくい小麦粉があった。生地の配合は秘密にするため、他の競合業者はもともと作れないが、さらに作りにくくなる。
それはありがたいのだが、俺も作りにくい。まあクルーズン市まで注文を出せばいいのだけれど。ただとりあえず当面の分を確保する必要がある。
さいわいまだギフトのホールが残っているため、クルーズン市に向かう。ただあまり知り合いに顔を合わせたくない。ほとんどいないから大丈夫だろうけど。
市場でレオーニさんの言っていた粉を買う。今回はこれでいいが、次からは注文を出した方がいいのかもしれない。
あるいは製粉していない小麦だけ大量に買い付けておいて、こちらの製粉業者に頼む手もある。いずれにしても、できるだけ秘密は保持できるようにした方がいい。
そんな苦労はあったが他の材料はクラープ町でも手に入れることができた。レオーニさんに言われた通り市場を見て回る。
今までも商売用に市場を見ていたことはあったが、実際に料理の目的でそういう目をもって見て回ると見えてくるものが違う。
ふだんどっちでもいいものとして見過ごして意識にも上がらなかったものが、重要なものとして見えてくるのだ。
気になったものは一応メモしておく。そうしないとあっという間に忘れてしまう。必要なものとどうしても気になるものは買い、家に戻る。
継続的に仕入れをするのは実は結構面倒だと思えてくる。まあこの仕事のために新たに人を採るつもりだから大丈夫だろう。
ちょっとの仕事だから既存の人にやらせようと考える経営者やコンサルは本当にろくでもないと思う。だいたい手抜きになって後でつけが回ってくるに決まっている。1つ仕事を増やしたら、1つ減らすべきだ。
そこで調理を始める。昨日と違い、大量には作らない。お好み焼きとお焼きと餃子とパンケーキだ。改めて粉物ばかりだ。原価率が低く、儲かるのだけれど。
調理するものの中には寝かせておいた方がいい生地もあるので、その辺を先に作る。
ところでやっぱり生地をこねるのはきつい。日本でも手打ちうどんやそばなど腰痛の原因になっていたかと思う。
労働安全衛生上明らかによくない。機械を使える部分は極力、機械を使った方がいい。機械について考えつつ、しばらくは手打ちにせざるを得ないと思う。
午後になってシンディとアランが帰ってくる。今日は午後の販売はないので、2人とも時間に余裕がある。
さっそく試食してもらう。昼食は取らないようにあらかじめ言ってあった。こんなに粉物だらけで何か食べていたらつらいだろう。さっそく出来上がりを出す。
2人とも目を見張っている。だいたい仕上がりについてもレオーニさんからはうるさく言われたのだ。さすがに高級店を出しているだけある。しかも自分の名前が出るとなれば、口を出すのも当然だ。そして2人は試食に移る。
「前に食べたのも悪くなかったけど、段違いね」
「いやほんといい。さすがプロの手が入っている。これなら毎日でも買って食べたいよ」
かなりの好評だ。自信があったとはいえ、ここまで褒められるとうれしい。
しばらく時間がたったものも食べてもらいたかったので、3時間くらいしてまた集まってもらった。
いちおう少し小腹は空いているが、さすがにちょっと食傷気味のようだ。少しずつでいいからと、試食してもらう。
「やっぱりさっきよりはちょっと落ちるわね」
「うん、あまり感動がない」
「もしさっきのがなしで、これだけ食べたとしたらどう?」
「まあまあ、悪くはないわね」
「ちょっとしたおやつにはいいと思うよ」
実は油を減らしたり、冷めても固くなりにくいようにして、時間がたってもそれなりに美味しいようにはしてもらったのだ。
餃子とお焼きは蒸し焼きに、パンケーキはバターを溶かして、お好み焼きは弱火でじっくり、いずれも温めなおしはできるので、それもしてみる。
「さっきよりずっといいわね」
「お昼のに近いと思うよ」
わりと好評だ。レンジがないので温めなおしに手間がかかる。とはいえ、レンジで温めるよりはおいしい。前世でレンジの温めはおいしくないことも多かった。それでトースターやグリルを使ったりしたこともあったな。
日本のようにやたらと忙しい世の中ではないので、手間をかけて温めなおしてくれることを期待する。
レンジをはじめから知らなければ、温めなおしというのがそれだけ手間がかかるのをつらいとは思わないだろう。
とはいえ、その手間がけっこうな手間で、だいたいワンタッチで火がついて火力も調整できるコンロがなくて、かまどや七輪なのだからつらい。
けっこう余ったのでマルコの店に顔を出してみんなで食べてくれとおいてくる。いちおう温め方についてもメモを残しておく。
夜になってマルコが帰ってきて、ずいぶんとほめてもらえた。どれもおいしかったそうだ。
カテリーナもべた褒めだったらしいし、同僚からも好評だったとか。ただ相変わらずマルキは何かぶつぶつ言っていたとのことだった。
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