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軽食の完成とフェリスの料理研修(下)

 それから買い出しである。市場に何があるか把握しないといけないとのことだ。ついてきてくれるのはありがたい。


市場ではレオーニ氏のなじみの店主が何人も「弟子をとったのかい?」と聞いてくる。「いえ、今日だけです」と答えてあちこちの売り場を見て回る。見たことのない材料がたくさんある。


「定期的に市場に来て見歩くといいよ。それで目についたものは片っ端から試すんだ。失敗してもそれは糧になる」


料理を専門にしなくても、商人としてやっていくにしても新しいものを見歩くのは重要だと思う。




 そのあとは調理に入る。だがここでかなり苦労する。試作のときはせいぜい3~4人分の量を作っていたのだが、販売用ということで大人数向けに30人分などを作らなくてはならない。


材料を混ぜるのもきついのだ。ましてこちらは子どもで体が小さい。ただそれだけでないようだ。よくよくレオーニ氏を見ると腕が筋肉質で太い。あれは仕事しているうちに太くなったんだろう。


「その手の動かし方だと疲れるし、混ざらないよ」


やはり技術が伴っていないらしい。もちろんここで技術を上げるべきだが、やはりつらいし1日でできるはずもない。相手もそれはわかっているようだ。


「じゃあ、これは宿題だから。僕がクラープ町に行く時までに十分練習しておいてね」


あれ? なんか聞き覚えがあるぞ。……シンディだ。今も毎日素振りしろと言ってくる。今度は素振りにかき混ぜやこねも加わるのか。


あれ? シンディにしてもらえば、こちらの作業が減って、剣術稽古の時間も減って一石二鳥かもしれない。


教えてもらったことは、後で再現できるように全部ノートに書きつけている。人は聞いたことを忘れるなんてあっという間だ。こんな貴重な機会は逃してはならない。




 全部が全部大量に作っているわけではないが、複数品目で調理の練習をしているので、どんどん作りかけがたまっていく。


「これ残りはどうするんですか?」

「食べられるものは食べるけど、残ったものは捨てるしかないね」


完成品であれば試食用と言って客がそれで買い控えしないくらい少ない量を配るのはありだが、これは練習用のいまいちのできなので出すと店の評判を下げかねない。俺の技量がよくないだけに何となく申し訳なくなる。


「味はともかく、食べて体が悪くなるものでもないですから、徒弟の習作だと言って孤児院や救貧院に持っていきましょう」


それらに持っていったときに他の人に見られても、さすがに一定の収入があれば貧しい人向けの食べ物をよこせとは言ってこないだろうと踏む。


「君はいろいろ考えつくね、まあそれもいいね」


これも実は前世知識のフードバンクだ。いやこの世界だって食べ物の施しはある。飲食店がしているかどうかは知らないが。そのために作業が多くなってしまったが、それはそれでまあいいことだろう。



 一通りの研修が終わってレオーニ氏はついでのように言ってきた。


「じゃあ契約書はこれで」

「ちゃんと内容を専門家と検討してもらえましたか?」

「いや別に問題なさそうだったからサインしたよ。君も信頼できそうだし」


困ったものだ。契約を軽く考え過ぎだろう。


「私は騙そうというつもりはありませんが、そういう人ばかりではないですよ。いいですか、あなたの名前を悪い商人に使われたらあなただけでなく私も迷惑します。

これは宿題です。ちゃんとした専門家と相談した旨と一緒に契約書を送ってください」


さっきさんざん働かされたことへの意趣返しだ。もちろんあれは彼が俺にきちんと調理できるようになってほしいとの好意であることはわかる。だけどそれなら契約がきちんとできるように、それには面倒なこともしないといけないことを教え込むのも好意だ。


「やれやれ、君は子どもらしくないな。しかも契約してしまった方が君は楽だろうに」

「後で楽するためです」


後でレオーニ氏が変な契約をして悪徳商人に成果を横取りされても困る。そのためにあらかじめくぎを刺しておく。





「どうもいろいろと生意気なことを申しましてすいません」

「いろいろ楽しかったよ。クラープ町にもいくからね」


レオーニ亭を辞去し、またギフトのホールを使って家に戻った。


今日はくたくただ。ほとんど何もせず、倒れこむようにベッドにもぐりこむ。


食事はどうするのかと聞かれる。マルコはこちらで用意しようかの意味だろうが、シンディはもしかしたら作れの意味かもしれない。いやそこは買ってきてくれるのかもしれないが。いずれにしても食べるのもつらいので一切いらないと断る。


だがそれだけでは済まない。まだクロがいた。クロが鼻を擦り付けてくる。これは飯よこせなのか、それとも疲れた俺を慰めてくれているのか。どちらかわからないが、とりあえず起き上がり、干し肉を裂いてやる。だが食べない。どうも飯よこせではなかったようだ。


俺はクロを抱え、優しさを感じつつベッドに戻ってそのまま寝てしまった。


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