軽食についての話し合い(下)
「もう一つお願いがあります。レオーニさんのお店の徒弟の方でうちの店で調理を担当できそうな人をよこしてもらえませんか」
こちらが一から探すのはまた面倒だし、すぐに技術を持った人が見つからない可能性がある。
レオーニ氏の店は徒弟が何人もいるようなので1人くらい融通してもらえそうな気がする。料理人は一定期間店いると、ステップアップで別の店に移ることも多いようだし。
またレオーニ氏としても、いくらアイディアがあるとはいえ突然出てきた子どもに名前を使われるよりも、自分のよく知った者が采配していた方が安心できるだろう。
「わかった。次に来る時までに誰かいないか考えておく」
「ちゃんとした待遇にするのでよろしくお願いします」
「ところでこれらの軽食だけどパンケーキ以外はうちの店だとちょっと出しにくいね」
それはそうだ。レオーニ亭は高級店だ。いま見せたような庶民向けの軽食は向いていない。
「それについてはアイディアがあります」
「たとえば『レオーニ亭のまかない』という名前で別にお店を出します。これらの商品だったら、持ち帰り専用でいいでしょう。
まかない、つまり従業員の向けの安くて手間のかからないものなら、高級店のレオーニさんが作っても変ではありません。
それなら高級品でなくてもこちらのお店の方の評判は下げないし、むしろ宣伝になります」
マルチブランド戦略というものだ。
「とうてい僕が考え付かないようなことを考えるなあ。そんな方法は聞いたこともないよ」
もちろん俺が思いついたことではない。これも日本ではとっくにされていたことだ。もしかしたら元はアメリカあたりかもしれない。
「店を出すのに必要でしたら出資もしますのでご検討ください」
「それは考えておくよ」
出資は金を貸すことなので向こうも慎重になるだろう。ただこの若さで店を出すということは誰か出資者がいるのだろうから、それは珍しい考え方ではないはずだ。
もちろん店を増やすとなると人も増やさないといけないし、信頼できる運営者も必要になるから、そんなに簡単ではないかもしれない。
10歳の子に金を貸すと言われても当惑するかもしれないが、さっきからシビアなビジネスの話ばかりだから大丈夫だろう。
しかしまあもし俺が10歳の子に店を出す金を出すと言われたら、こちらはきちんと受け答えできるかわからないな。ともかく今はビジネスを先に進めよう。
「ついでに持ち帰りなので、冷めてもおいしいものだとありがたいです」
「いろいろ注文が多いな。でも確かにお客さんにうまいもの食べてほしいからやってみるよ。持ち帰りとなるとレストランとは違うよな」
やはり本職の料理人なのでそういうところは取り組んでくれるようだ。ありがたい。
試作品が出来上がるまで1か月程度はかかるというので、それまで待つことにした。レオーニさんも店をしているし、それくらいは時間がかかるだろうと思う。
ただ問題はギフトのホールを維持するかどうかだ。ホールは1日しか持たないので、維持するとなると1日1回ホールを使わないといけない。それは1分程度で済むのだが、人に見られないようにしないといけない。
さすがに見つかるとまずいことになりそうなので、残念だが維持はあきらめてもう一度馬車に乗ることにする。
もう少しクルーズンに行く機会が増えたら部屋でも借りた方がいいように思う。住むわけでもないから狭い部屋で物置にでもしておけばいいのだから。
ギフトで家に帰り、クロをモフモフする。
「きょうは飼い主は少しブラックだったよ。クロはおなかは白いもんね。
でも日本にいたブラック企業の連中みたいな弱い者いじめはしないからね。」
クロにはわからないだろうが、話しかけてしまう。
日本にいたときもついつい猫に話しかけてしまうことがあった。だがいまは暇人がいて話を聞いているのが嫌だ。
待っている間にマルコと話し合って契約書の原案を作る。一方的にこちらが得するような内容ではなく、お互いに利益のある妥当なものだ。
長い付き合いをしようとすれば、そうした方がいいに決まっている。封書として送り、信頼できる人と相談してほしいこと、修正がなければ連絡は不要であることなど手紙に書く。
1月より少し前に手紙が来る。この辺は人を待たせるときに長めに言っておいて早めに持っていくのがいいのだろう。
ちょうどいい日時を予告して遅れるのはうまくない。見積もりは少し余裕を持たせるものだ。
また1日半馬車に乗るのは憂鬱だ。もっとも降りるたびに猫もふできるのはそんじょそこらの商人とは全く違うのだけれど。
それでもレオーニ氏に教えてもらうのが楽しみで何とか体に鞭打って馬車に乗り込む。
マルコにも来てもらいたかったが、店の方が休めないそうだ。チートを使えば行けると言ったのだが、ほとんど1日中店にいろという感じだ。どうも聞いていた通りブラックのにおいがする。
クルーズン市についてレオーニ氏の店に向かう。相変わらず堂々としている。契約について話そうと思ったが、レオーニ氏は先に料理を見せたいらしい。
止められて、厨房に来るように言われた。客席でないのはお客さん扱いじゃないということで、ある意味うれしい。




