軽食をシェフに見てもらう(上)
クルーズン市のブリュール氏に手紙を出した翌日にはもう手紙が来ないか待っていた。往復で少なくとも6日はかかるというのに。
こういうときに期待しても仕方ないことは忘れられるようになりたいと思う。
そんなことを思いつつ翌日以降も手紙を待ちながら仕事を続け、ブリュール氏は返信してくれないのかとか、向こうに手紙が届いてないのかなどと悩んでいた。
10日ほどたって返信が来た。肯定的な内容で安心する。向こうだってこちらとの関係は取引全体のごく一部だ。それでも面倒を見てくれる。
そこで詳しく見るとブリュール氏の知り合いのシェフで新しい料理に意欲的に取り組んでいる人がいるというので、その人に見てもらうという話だった。
直接話すようにと言われ、今度はそちらに手紙を書くことにする。また往復10日だ。こういう時メールがあるといいと思う。
ついでにブリュール氏にもお礼の手紙を書かないといけない。
紹介されたのはエミリオ・レオーニ氏だ。30前の高級店のオーナーシェフで新たなメニューで最近評判を伸ばしているという。腕がいいだけあって出資者がいるそうだ。
手紙の返信が来て、いくつか候補日を示されて一度店に来てほしいとのことだった。そこで行く日を決めてまた手紙。このやり取りだけで1か月くらいかかっている。
まあのんびりした世の中だし、やたらに早く物事が進んでいく21世紀の地球がよかったかどうかわからない。
みんなが理解する前に物事が決まってしまうのだ。今のペースなら、シンディやマルコやアランに知らせて、話し合ったり考える時間がある。
約束の日の2日前になって旅立つことにした。2人で店をしていたときにはこういうことはできなかったが、3人になってから余裕ができた。
バイトのシフト回しなんかものりしろがないと破綻するのだろう。
いつものことだがクルーズンまでは馬車を乗り継いで2日かかる。ふつうの商人なら泊りがけだろうが、もちろんそんなことはしない。
ギフトのホールを使う。どこからでもクロのところに帰ることができて、1日以内なら元のところに戻ることもできる能力だ。
その日は馬車がそこまでなら、ホールで家に帰ってもふもふだし、乗り継ぎに時間がかかるときももちろんもふもふとなる。
クロはここ数日俺の行動が変だと感じているようで、なんで今の時間にいるの? という顔で見ている。
ついでに今度はこちらに居ついている神もなんでおぬしがおるのじゃ? という顔で見ているが、それはこっちのセリフだ。
ええい、この暇人め!
そうはいいつつ無事前日にはクルーズンに到着した。
約束の日にレオーニ氏の店に行く。当日は定休日のようだ。こじんまりした店だが清潔でなんとなく趣味のよさそうな内装だ。
高級店で夜は1人3万ハルクからだという。レオーニ氏は若々しく、尊大というほどではないが自信に満ちた態度である。
10歳の子が30前の男を若々しいと思うのは中身がおっさんだからだろう。かなり白めのコックコートを着ている。
この社会は洗濯の技術がまだそれほどよくないので白い服でもわりと薄ぼけた色になってしまう。かなり洗濯に気を使ってさらに新しいものを使っていそうだ。
「ようこそ。フェリス君だね。ブリュール氏から話は聞いているよ」
差し出された手に握手する。そういえば外国人とはしたこともあるが、日本人相手は少なかった覚えがある。
「はじめまして、クラープ町のフェリス・シルベスタです。今日は料理を見ていただけるとのことでよろしくお願いします。」
さっそく材料を取り出す。
「おや、材料を持ってきたのかい?」
「はい、少し余裕を持ってきたので」
相手はクルーズンで買ったと思っているようだが、実はクラープ町から持ってきたものだ。もちろん3日たってはいない。昨日用意した。
特別な材料以外は店のものを使っていいと言われていたのだが、ギフトがあるので持ち込みも楽にできる。
相手は俺がアウェイのクルーズン市で買いまわるのが大変だと思ってくれたのだろう。
そこで調理を始める。本職のシェフの見ている前で作るのはかなり緊張する。
いちおう突然本番で大失敗しないように何度か作って練習はしてきた。
本番は失敗しがちだし、失敗してそこで試行錯誤してというのはよほどの実力がないとできない。
料理が本職でない俺としては本番で何とか工夫してうまいことできるというのは期待できそうにない。
寝かせる必要のある生地は先に作る。そうはいっても冷蔵庫があるわけではないのでせいぜい1時間くらいだ。
ギフトを使えばこの場面でも一晩寝かせた生地を持ってこれるが、衛生面の方が怖い。
餃子とお焼きとお好み焼きとパンケーキを作る。これだけまとめて粉物ばかり試食するレオーニ氏に少し同情しないわけでもない。
若いから大丈夫だろう。大阪にはお好み焼きにご飯がつくお好み焼き定食なるものがあるらしいが、大阪出身者に聞くとさすがに食べるのは大半が若者だと言っていた。真偽は知らんけど。
シンディたちも試食したが全部まとめてということはなかった。
いくらか時間差があってでき上がったので、できた順に提供する。まずはお好み焼きだ。とはいえソースも鰹節も紅生姜もないのでかなり違ったものだ。
野菜と肉入りの塩味主体のケーキというところだろうか。そちらはこちらの社会にも具なしながら似たようなものはあるようでレオーニ氏はふつうに食べている。
ところが餃子やお焼きとなるとその見慣れない形に目をむいている。
「ちょっと熱いですから注意してください」
いちおう注意しておく。そうは言っても彼はどんどんと口に放り込んでいく。なかなかの健啖家のようだ。
そして何か考え事をしている。
最後にパンケーキだ。確かにデザートっぽいが、粉物が続いた後にまた粉物というのも少しやり過ぎの感がないわけでもない。
少し果物など大目にできればよかったが、ちょうどいいものがなかった。日本のようにいつでも各地からのさらにハウス栽培も含めた豊富な果物が手に入るわけではないのだ。
その季節のしかもわりと近くのものしか手に入らない。それでもこの辺はブドウや桃など季節なら手に入るから、それらを合わせてもよさそうだ。
「ごちそうさま」
レオーニ氏は一通り食べ終えた。
「いかがでした?」
「いや、正直驚いたよ。はじめ子どもが料理すると聞いたので、あまり期待していなかったんだ。ブリュール氏に頼まれたから引き受けて、ちょっと励ましをするくらいのつもりで。
だけどどれも新しい形で、それぞれに特徴がある。これは料理のし甲斐があるよ」
「そうですか、評価してもらいさいわいです」




