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軽食を出したい(上)

しばらく軽食を出す話となります。

 それはまた夢の話から始まった。


アランが聞いてきたのだ。

「フェリスさん、夢はなんですか?」


またこれかと思う。シンディとマルコは冷めた目で見ている。もう付き合いが長いからわかっているようだ。


「それはまあ、アーリーリタイアしてクロをなでて、朝はゆっくり起きて、昼は昼寝して、夜は夜更かしするのが理想かな」

「今でもそれに近いんじゃないですか?」


何を言うのだろうか。仕事があれば7時半には起きている。まあ1日4時間ほどしか働かないけど、それでも働いている。週に20時間近く働いているのだ。これではとてもアーリーリタイアではない。


「もう少し、心が沸き立つような夢はないですか?」


あのなあ、目の前にいるのはおっさんなんだぞ。聞いても無駄だと、この見た目じゃわからないだろうな。


「あのねぇ。フェリスは中身がおっさんなのよ。夢の話なんて聞いても無駄。あたしたちが何年聞いてきたと思っているの?」

「そうだよ。フェリスは老成していて、10歳ですでに50代60代の考え方をしているんだぞ」


……2人が理解してくれているのは頼もしいが、それはそれで愉快でない。だいいち、前世を合わせてもまだ50年生きていない。




 だいたい、人に夢を聞くのがあまりいい趣味だとは思えないのだ。学校なんかでそれを聞いたりする。


聞いてそれを全肯定するならまだしも、世間並みの評価したりくだらない価値観を押し付けたりしたら最低だと思う。それなら初めから聞かない方がいい。


「わかりました。それでは経営者としてのビジョンを示してください」


今度は何かからめ手で来た。どこかのコンサルが言いそうな話だ。

ただこれはまだ答えやすい。


「我々もお客さんも取引先もホワイトな商売をすることだ」

もうブラックはこりごりというのは商売のもとにある。


「何かよくわかりませんね」

「ホワイトというのはブラックの反対、つまり不正や悪徳や理不尽のない商売だ」

「なるほど、それはわかりました。何かが『ない』ではなくて、何か目指すものがあるといいです。あまり抽象的でなくて具体的に何かしましょう」


ティーンエージャーが学祭で何かしたがる感じである。バンドだのリサイタルだの言われても困るので、何か考えることにした。




 そしてやはり学祭のノリだが、食べ物が出せないかと考える。

客寄せと利益の拡大も視野に行商で調理したものを売れないかと、シンディとマルコに相談した。


「お菓子みたいなものを作って売ろうかと思うけど、どうかな?」

「そういえばフェリスはセレル村でもお菓子を作っていたわね。いいんじゃない?」

「いいと思う。ただいろいろ考えないといけないことは多いよ」




 いまは仕入れたものを売っているばかりだ。クルーズンで仕入れたものは仕入れ値も安いが、マルキの店からのものはそれほど安くない。


しかもマルキの店からのものが大半だ。やはり自分のところで加工して利益を確保したい。


やはり儲かるものと言えば粉物だろう。粉食はコナショクと読むことも多いが、正確にはフンショクと読む。


いやいや、ずるはしない。だけど原価率が低く、材料が安いわりに高くは売れそうだ。




 日本にいたころあった粉食を思い出す。タコ焼きはさすがにあの鉄板を作れそうにないので却下だ。


クレープ・お好み焼き・餃子・お焼き・パンケーキあたりを考える。


お好み焼きあたりは覚えているが、他のものは粉と水の比がどれくらいか覚えていない。試行錯誤するしかない。


それでもお焼きやパンケーキはそんなに難しくなくできた。実はピザも考えたのだが、チーズが高い上にちょうどいい硬さの者が手に入らない。。


ついでに発酵が面倒そうだ。パンはあるからイーストまではなくてもパン種はあるだろうし、パンよりは微妙なところはない。だけど結構時間がかかる。




 お焼きは2年前にスコットと作ったのにそんなにすぐにはできなかった。確か生地を作った後に休ませた覚えがある。


それから具を包むのに少しとまどう。破れて具が混じった変な生地になったり、生地が厚ぼったくなったり。スマホでレシピが見られのはなんと楽なことか。


そうは言っても試行錯誤する時間がいくらでもあるのはいい。勤務時間が週20時間だからな。3回くらいで試すと何とか形になる。


そこで次は焼きに入る。焼く方もおっかなびっくりだ。十分に焼く前に裏返そうとして、生地が破れて一部が鉄板に貼り付いてしまったりする。


ただ一度包む方の感覚がつかめてしまえば、焼くこととは独立にできるのでやはり何度か試せばいい。


3回くらい焼いていると少し焦げ目がつくくらいまで待った方がいいこともわかる。お焼きはあのカリカリしたところがいい。


水を差してふたをして蒸し焼きにして、音が変わったら火を弱める。コンロと違って薪を引いたり面倒だ。火を弱くしてちょっと焼き過ぎかというくらい待つとあのカリカリができる。


アツアツのところをはふはふ冷ましながらかぶりつくのがおいしい。口の中が少し熱くやけどが怖いくらいの熱さだ。


塩味ばかりだが強めに味付けした肉や野菜から出た汁の味が口に広がる。




 俺が食べているのを見て、シンディが試食者になりたそうにこちらを見ている。

「試食者にしてあげますか?」と頭に浮かぶ前にせがまれた。


「あら、おいしそうじゃない。もらえる?」

「はい、あーんして、と思ったけど熱いから自分で食べて」

「なんだ、フーフーまでしてくれればいいのに」


こっちが絡んだからだが、妙な距離感で詰めてきた。





 餃子も作る。考えたらお焼きと似た料理だ。ダンプリングと総称されるらしい。饅頭とかモモとかラビオリとかいろいろある。


世界中のダンプリングばっかり集めたバイキングとかあったらどうかな。すぐに飽きるか。


生地を作るのはお焼きのときの感覚があったからか前より簡単にできた。ただ伸ばして皮を丸くするのが難しい。


しかも一定の薄さにするのもまた難しい。日本で動画で見たときは麺棒でしていたような。それ以外にもレバーを引くだけの器具もあったかもしれない。


お玉とかいろいろ使えないものはないかと探してみる。せっかくなので調理道具も買ってしまおうと、職人街を探してみたりもする。


シンディとマルコはまた妙なことをしているという目でこちらを見ている。出来上がりまでは仲間になる気はないらしい。




 パンケーキも少し難しい。ふつうホットケーキを焼くときはふくらし粉にあたる重曹かベーキングパウダーを入れないと膨らまない。


ホットケーキミックスにはベーキングパウダーが入っている。だがそれはこちらの世界にはない。


パンに使うイーストにあたるパン種を使えば膨らむが、これは時間がかかる。ついでにあれは生地をよくこねてグルテンを作らないといけないのでケーキのように柔らかくならない。


ケーキのように作るとなると、卵を泡立ててその空気で膨らませるしかなさそうだ。


他にもバターとか何か難しい条件がいろいろあった気がする。とりあえず試作だ。


卵の泡だて器もないので、針金を曲げてまとめてそれらしいものを作る。チクチクとけがして回復魔法を使う。向こうなら100円ショップで売っているというのに。シンディとマルコがまた俺が変なことをしているという目で見る。


やはり何度か失敗して、みんなに中途半端なものを何度も食べさせて、何とかそれなりのものを作ることができた。





 クレープを作ろうとしたときは完全に失敗だった。まず生地をどう作るかがわからない。いろいろ試してみて、こんどはいい鉄板がない。


日本で見ていたようななめらかで大きさのある鉄板などお目にかかれないのだ。だから焼こうとしてもあまりうまくいかない。


そんなわけで生地が悪いのか焼く方が悪いのかもわからない。これはつらそうなので、やめにすることにした。


そのうち料理人を雇えるようになったら、コンセプトを伝えて試行錯誤してもらおうかと思う。


お焼きや餃子も含めて失敗作は3人のおなかの中に消えた。スタッフで毎回「美味しく」とは限らないが、食べました、だ。


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