万引き(下)
商売が終わり露店をたたんで帰り道に3人で話す。
「どうだった? 1人怪しい人がいたみたいだけど」
「あれは絶対に取っていたわね」
「ああ、あれは取っていたな」
「会計はしていたみたいだけど」
「一部だけ会計していたわね」
「ああ、全部は会計してない。バッグの中に石鹸を入れていたのは見えたよ」
「そうか、あのおばさんか」
「来週は捕まえるのね」
「そうだよな。今日だって万引きのせいでいつもよりずっと疲れた。お客さんにも愛想を振りまけなかったし」
それもどうかと思うが、アランの愛想は女性客にやたらと評判がいい。
フェリスの顔だってなかなかだと中身のおっさんは思うのだが、まだお子ちゃまだからかかわいい子扱いだ。
それはさておき、万引き犯を捕まえる算段だ。
「じゃあ、あらかじめ自警団には事情を話して来週には来てもらおう」
「それがよさそうね」
日を改めてフェリスは非番の日に自警団に向かう。前にもお世話になった自警団だ。
そこで行商で万引きが起こっていること、犯人の目星はついていることを伝える。
「商売しているから仕方ないが、兄ちゃんも何度も巻き込まれるよな」
自警団の人は親切で次の商売のときについてきてくれることになった。
そしてまた次の木曜日が来る。
またシンディとアランの2人に商売を任せ、俺は自警団に向かう。詰所では壮年と若年の2人がいる。
「おはようございます。フェリスと申します。万引きが起こりそうなので確認をお願いに来ました」
すでに事情は聞いているようで、さっそく来てくれるという。
若い方がついてくるかと思ったが、年配の方がことをうまく収めやすいと壮年の人が出ることになった。
「ホセだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
犯人と思しき人の特徴など伝えながら、また見つけたときの対処など話し合いながら、露店に向かう。
露店のある広場について、少し離れたところからホセさんと見守ることにする。犯人と思われるおばさんが来るかどうか注意しながら、雑談をする。
やはり1時間くらいして例のおばさんが広場に現れた。一気に警戒モードになる。
「あの人です」
ホセさんに伝えて、監視を始める。おばさんが店に近づいたので、おばさんの手元が見える位置に2人で向かう。
かなり心臓が高鳴っている。今日が来るまでもそれなりにいろいろ気になっていたが、やはり本番の緊張はひとしおだ。
シンディたちも気づいたようだ。そうは言っても何事もなかったように客の相手をしている。
おばさんが店にたどり着いていろいろと物を見ている。ほかに客が数人いて、シンディとアランはそちらへの応対をしている。やはりほかに客がいる時間を狙ってきているのだろう。
おばさんは何を買おうかといろいろ商品を手に取っている。そしてシンディたちの様子を伺いつつ、玉ねぎを自分のバッグに入れた。
だまってホセさんとうなづき合う。さらにおばさんは物色する。人参も入れる。キノコも入れる。きょうはシチューだろうか。
結局おばさんは5つほどバッグに入れ、2つを会計して店を離れた。
おばさんが露店から離れて、もうこれから会計するつもりだったと言えない場所まできて声をかける。
「そちらのご婦人、カバンの中のものを見せてもらえますか?」
10歳そこそこの子どもが60の女にご婦人と呼び掛けるのも何か抵抗がある。ただ商売やっているからには割り切らないといけない。
マルコも内向的だがさすがに商売が長いのでその辺はそつなくこなしているようだ。俺だって慣れないといけない。
相手はかなりうろたえた様子で
「なに? なんでカバンの中を見せなきゃならないの?」
かなり強い調子で反論する。
「お会計がお済みでないものが入っていますね」
粛々と言っているように見えて、実は内心ドキドキだ。
「先ほどからずっと見ていました。というより先週から見ていました。先週は石鹸をお持ちになりましたね」
そこでおばさんは
「客を泥棒扱いするの?」
やたらと強気だが、その場の交渉次第で黒いものを白にできると思われても困る。事実をベースに物事は決まるべきだ。
「こちらに自警団の方も呼んでいます。一緒に確認しました」
おばさんはぶるぶる震えている。
「ここは人の目もありますから自警団の詰所に行きましょう」
おばさんは不安そうに周りを見回す。大声は出していないのでこちらに注目する人がいるわけではないが、続けていたら近隣住民に知られてしまうだろう。
おばさんは観念したようでホセさんについて行く。俺はシンディとアランにおばさんが何を会計したか確認してからやはり自警団の詰所に向かう。
自警団の詰所ではこちらへの聴取は簡単なものだった。
あとは犯人にはじっくり取り調べが行われるとのことだ。そこまで付き合いきれないし、こちらは商売の方が優先だ。
後日に自警団の幹部立会いの下で盗んだ女の家族から盗んだ分よりはかなり多めの賠償を受けた。
今回の摘発はもちろんシンディの犯行を見つけた鷹のような目もあったが、そもそも万引きを感知して場所まで絞り込んだフェリスの管理能力とアランの気づきによる。
そうでなければずっと注意しなければならず大変だっただろう。
しばらくして犯人のおばさんは万引きが噂になってしまったようで引っ越してしまったらしい。
日本の都会のように隣の人がだれかわからない社会ならそういうこともないのだろうが、世間が狭いので噂が広まるのも早い。
まったく嫌なもので、初めから万引きを起こさせないようにしたい。
「万引きをつかまえました」
と貼り紙をして、あらかじめしそうな者にその気を起こさせないようにした。
あまりさらし者にするようなことはしたくないが、相手の名前や特徴を出したわけでもないし、引っ越してしまった本人や家族にはさほど影響はないだろう。
それからあいさつなどの声掛けも始めた。
そのうち人を雇って商会にしたりするときにはマニュアルにしようかと思う。とりあえずしばらくはあの時の緊張からは解放されそうだ。
事件が解決した夜はどっと疲れて、俺はクロをもふもふして自分を慰めることにした。
クロが俺のご飯や寝床をちょっと無断で拝借しても何も問題にはならない。干し肉を置いてある棚を開けようとして開けられないのも何でも見ている。
クロはよくベッドの一番いいところに寝ていて、それをよけようとすると足を変な風に曲げなければならず、寝づらくて仕方なかったりする。
だが神に言わせると、俺は寝ている間に押しのけていたりするらしい。けしからんと文句を垂れていた。
そんなことをしてもクロは黙って許してくれる(とかってに思い込んでいる)。




