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15. 万引き(上)

 恐喝が片付いたと思ったら今度は万引きが起こってしまった。まったく一難去ってまた一難だ。


行商の店でも店員1人に客1人だけで応対していればめったに盗まれることはない。だいたいその商売のパターンだと、客が欲しいものを言って店員が取り出す仕組みだ。


ところが俺の店は同時に複数の客を相手にすることにしている。客が商品を取り出して店員に買いたいと申し出て精算する仕組みだ。


人の多い町中だからできることで、短時間で多数の客を相手にするにはその方が都合がいい。とうぜん万引きも起こりやすい。


日本のスーパーと違って荷車1つに店員2人なのでほとんど死角はないのだがそれでも起きるときには起きるらしい。




 商品の残りの売り上げ金額が合わないことが何度かあった。フェリスは計算が得意だし、管理の概念があるので毎回計算している。


どう考えても万引きである。それは商売をしていれば必ずあるに決まっているだろうが、やはり実際に我が身に起こってみるとこたえる。とりあえずはシンディとアランと相談する。



「どうも、万引きされているみたいなんだ」

「腹立つわね!」

「そりゃ何とかしないといけないな」

「それで万引きがないかちょっと注意してほしいんだ」

「それはできるだけ注意するようにはするけれど、忙しいときにはなかなか難しいのよねえ」

「いまだって盗まれないようには見ているつもりだけれど、それでも現実盗まれているからなあ」




 まったく2人のいう通りで注意とか意識とかそういうものは対策としては有効でないことが多い。だいたいそんなものは3日で薄れてしまう。


注意させるならそれを促す仕組みを作るべきだ。また何か益があるわけでもないのに仕事を増やしているだけというのも悩ましい。


けっきょくそんなものに頼らずに防止した方がいいのだ。




 何かできないかと、何が盗まれるか記録をつけることにした。はじめは売れるたびに記録をつけようかと思ったが、売買の忙しいときに余計な手間は増やしたくない。労力は増えるし、万引きの監視もおろそかになってしまう。


とりあえずは各売り場に出る前にいくつの商品を持っていったか品目別に記録する。さらに客のいない時間に商品数をカウントしなおす。


もちろん多数売れるものは把握しにくいが、売れる数が少ないものはたぶん浮かび上がってくる。




 万引きはどうも木曜日にあるようだ。それから盗まれたものの傾向がよくわからない。


「たぶん、野菜中心だと思うんだけど、人参とかにんにくとかなくなっているみたい」

「なんでこんなもの盗んだのかなあ? 何か料理も出するのかしら」

「あっ、わかったぞ!」

「アランわかったの? 早く教えてよ」

「何を盗もうとしたかじゃなくて、どこにおいてあったかなんだ」

「え? どういうこと?」

「つまりね、僕ら店員がいる側を奥側とすると手前側に置かれているものが盗まれているんだ」

「ああ、そうか。そこの方が取りやすいからね」


そう言われて考えてみると盗られているのは特定の物というよりも荷車の店員から見て遠くの位置にあるもののようだ。


物を置く場所はだいたいいつも定番の位置を決めているので、盗まれたものが何か見ればおいてある場所もわかる。


荷車の奥に店員がいて、手前や横に客が来る。そこで手前あたりでなくなっているようだ。それはそうで、奥の店員近くのものは盗みにくい。


「それじゃあ木曜日に店員から遠いあたりを注意するようにすればいいね」


四六時中注意するとなると精神的にくたびれてしまうが、木曜だけと分かっていればずいぶん楽になるし、さらに場所が特定されればもっと楽になる。


こんな気が乗らない仕事は楽にできればそれに越したことはない。


「ただなあ、騒いで大取り物にはしたくないんだよなあ」

「えっ、なんで? 腕がなるじゃない?」

「たぶん近くに住んでいる人だろうからなあ。あまり大騒ぎになると住みにくくなったりして困るだろう」

「そうかあ。確かに捕まえないといけないけど、さらし者にするのはよくないかもね」

「それなら騒ぎにならないように捕まえる方法を考えよう」

「万引きしたところで、大声を出さずにそのことを指摘してすぐに自警団に渡せばいいかな」

「それなら自警団の人にも先に来てもらわないといけないかもね」

「自警団の人にもその場で盗んだことを確認してもらった方がいいな」




 さらに作戦会議を続ける。


「今度の木曜に警戒するにしても1回目は捕まえるのは控えておこう」

「なんで? 捕まえたらいいじゃない」

「もし捕まえてみて、その人が本当は盗んでいかったとしたらお店の信用にかかわるよ。ヘタするともうそこでは商売できなくなるかもしれない」

「そうね。それは確かね。じゃあどうするの?」

「1回目は疑わしい人間のピックアップだけにしておく。万引きしているところを見つけても、顔や特徴だけ覚えておけばいい。

それでたぶん繰り返すから、次に来たときは3人で盗んでいるところを確認して、その時は完全に捕まえよう」

「わかったわ。その作戦で行きましょう。でもそんなに繰り返すかしら」

「それはたぶん繰り返すよ」



 俺にはクレプトマニア(窃盗症)というものがあるという元の世界の知識があるので、ある程度確信が持てる。


ただその知識がなくても商売をしている人なら盗みを繰り返す現象は知っているのだろう。それが精神の問題とまではわからないかもしれないけれど。


最近マルコはマルキの店の方が忙しいのかこちらにあまり来ない。そのうち聞いてみたいと思う。


「じゃあ2回目は自警団の人にも来てもらうといいかもね」

「それはよさそうだ。ぜひそうしよう」

そんな感じで、万引き犯対策が進んでいく。






 そして迎えた次の木曜日。いつもは2人で店に行くが、今日はフェリス・シンディ・アランの3人だ。


ただし3人で店にいると万引き犯に警戒されるかもしれないので、フェリスだけは少し離れて見守る。


定位置について商売が始まる。シンディとアランの2人はかなり神経を研ぎ澄ましている。


いつもスムーズな客との応答も少し出遅れるようだ。これも万引き犯のせいだと言える。




 1時間あまりして、シンディに反応があった。フェリスに目配せして、アランをひじでつつく。


60代くらいのかなり太目の女がどうも怪しい動きをしているようだ。


作戦通りに3人で様子を見守ることにする。しばらくして女はシンディに会計を頼み、帰って行った。


フェリスがその女の様子を見守る。付け回すのも変なので少し離れたところから見ているが、路地を曲がったところで見失った。


その後は緊張でピリピリしていたが特に何事もなく商売は終わった。


なんとなく前から予想がついていたがシンディが活躍した。見ていないようできちんと他人の動作を把握できる。動体視力が一般人より優れているのかもしれない。



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