アランの仕事(上)
翌朝、8時にドナーティ商会の厩に行くとアランは来ていた。
「おはよーございます。本日はお天気もよく何よりです。さて昨日いただいた条件書を読みまして、お仕事に大変興味を覚えました。
つきましては今日一日、仕事にご一緒させていただきたく思います……」
その後も続きそうだったが、適当なところで切り上げてもらう。昨日もそうだったが、立て板に水だ。しかも妙に丁寧な言い回しをしている。
フェリスは具体的な指示を出す。ロバと荷車を用意して、商品を詰める。3人で今日の売り場に向かう。
仕事をしている間も、移動中も、アランはしゃべり通してある。歌手より芸人の方が向いているのではないかとフェリスは思う。
店を開く広場について、ラッパを吹きロバをつないで荷車を固定する。いつもと同じように商売を始める。
アランにははじめはよく見ておいて、お客さんから何か言われたら対応するように指示しておいた。
アランははじめは見ているだけだったが、なんとなく納得した様子で、大きな声を出し始めた。
「はい、そこのお姉さん、見て行ってね」
「この卵、産んだのはとっても元気な雌鶏で、向かうところ敵なし。雄鶏も犬も人もおかまいなしに追い回している。きっと力がつくよ」
「こちらの牛乳ね。毎日飲んでいる牧場の子たちはみんな体でかい。縦にも横にも。栄養つくし背も伸びるよ」
「このキャベツでおなかすっきり、お肌もつるつるになるよ」
何かまるで香具師の口上のようだ。
アランのところだけ人だかりができている。むしろ指導するはずのフェリスとシンディの方が借りてきた猫のようだ。
御用聞きの方も教会の紹介だけあって、きちんと字が書けるようだ。もともと村よりも町の方が識字率が高い。
それはありがたいのだが、またもや事前の想定通りにはいかず、また暴走しだした。
「あれ、おばちゃん。牛乳買うなら卵も必要? あと、何かな。ドナーティさんの店にあるものなら持ってこれちゃう」
あまり押し売りっぽくなると、店に来てもらえなくなるのでほどほどにしてほしい。後でちょっと注意しようと思う。
あるときフェリスはシンディと町中で30代くらいの女性に話しかけられた。
「こんにちは。行商の人でしたよね。この前の木曜日は南の方に来ていなかったの?」
いや休んだはずはない。ただ最近アランがいると売り切れが早いのだ。
「実は最近、売り切れが早くて、もしかしたらいらしたときには撤収してしまっていたかもしれません」
「あらそう。それは困ったわね。じゃあ今度は少し早く出るようにしましょう」
「どうかよろしくお願いします」
解決したようでそれはそれで問題だ。
「まずいなあ」
「あら、なんでまずいの? うまくいったじゃない」
「確かにあの女性はいいけれど、そうすると今度は別の人が買えなくなっちゃうよ」
「そうね」
「店に行ってみたけど買えないなんてことが続いたら、その人は店に来てくれなくなっちゃうよ」
「大問題じゃない!」
「そうなんだよ。だからまずいんだよ」
アランのおかげで売り上げがよくなったのはありがたいが、バランスが崩れてまずいことになってしまった。
そうは言っても売り上げが上がることはありがたいことだ。そうなると何か対策を考えないといけない。
もう少したくさん入る荷車を使う手はある。さいわいロバのフルールにはまだまだ余裕がある。ただ広場によっては途中に狭い道があり通りにくいのだ。
2台使って狭い道のところは小さい荷車、広い道のところは大きい荷車という手はある。
クラープ町はかつて水害がよくおこったため、北の方が台地の古い町で南の方が平地の新しい町だ。
北は道が狭く家なども少なく、南は道が広く家も多いため、北に小さい荷車、南に大きい荷車を持っていくとちょうどよくなる。
また別の手としては行く回数を増やすこともありうる。特に売れ行きが好調の場所では週に2回行くとか、その近くに新たな売り場を設けることは考えられる。
ただ回数を増やすとなるとフェリスたちの労働強化か、あるいはまた別の人を雇う必要がある。前者はしたくないし、後者はすぐにはできない。
この辺の問題をアランも入れて4人で話し合い、結局荷車を見に行くことにした。
へんてこな形の荷車があったり、きれいに飾り付けられているが容積が大きくないものがあったり、いろいろある。
大きめの荷車はないかと聞き、前より2回りほども大きい荷車を見せられた。これならも今までより1.5倍くらい積めそうだ。
50万ほどしたが投資だと思って購入する。さっそくロバのフルールにつないでみる。最初はちょっと戸惑っていたが、特に問題なく動く。
ドナーティ商会には2台の荷車を置かせてもらうことになり、その分の駐車代と点検代として月5000ハルクを支払うことになった。
南の方は新しい荷車で行くようになり、売り切れの時間も以前のように11時ころに戻った。ということは1.5倍くらい売れているということになる。
ただアランがいる場合といない場合で売れ行きが違うのだ。やはりアランがいると売れ行きがよい。
フェリスとシンディだと11時だと売れ残っていたりする。
フェリスとシンディで商売に行くと客からアランはいないのかと聞かれるのだ。
「今日はあの威勢のいいお兄さんはいないの?」
何やらアランのファンまで出てきそうな勢いだ。
アランはまつげが長く、ふと相手を見るときに流し目に見えるようで、2人連れの若い女の子が
「アラン様の目がきらりと光っていたわ」
などと話していたのを聞いたこともある。
どちらかというと日々の食料品を売るおばさん向けの店なのに。




