95. 護衛の導入店舗の選定
シンディが商会の護衛部門を立ち上げている。まだわずかな人数だ。それでもうちの店の現実的な護衛方法を編み出している。ただ方法を作っても現実化しないと意味がない。
フェリス「それでさ、さっそく現実に店舗に導入してほしいんだ」
シンディ「そうね。せっかく作ったんだから実際に使わないとね」
実は鐘の方はすでに設置してしまっている。運用方法がしっかり決まらないまま見切り発車で作ってしまった。正直言うとあまりいい方法ではない。
ただ地域に話をつけていろいろ時間がかかりそうだったし、実際にもめて時間のかかった地域もある。仕方ないと言えば仕方ない。
ついでに言えば費用が大したことがないのと、運用が少しくらいまずくても損にならなそうだったとの理由もある。
フェリス「どこの店舗から始める?」
シンディ「簡単だから一斉にやってしまったらいいんじゃない?」
確かに護衛方法は簡単だ。強盗が出たらカウンターの中から警笛を鳴らし、閃光のスクロールを使う。そして裏口から出てそこから近い鐘を鳴らすだけだ。
一部の高級品がある店舗は武術や護衛術を身に着けた店員もいるが、それ以外はひたすら自分の身を守ったり、外に知らせたりするだけにしている。とは言え、問題がないわけではない。
フェリス「うーん、それって大丈夫?」
シンディ「なにが?」
フェリス「えっと、まずは多人数に教えるのって少数に教えるのとはずいぶんと違うものだよ」
シンディ「そんなことわかっているわ。道場じゃ多数相手の指導もしているもの」
フェリス「だけどさ、道場はすでに師範とかそのまた師範とかが編み出した指導方法があるだろ。今回はまったく0から始めるわけだし」
シンディ「そ、そうね……」
フェリス「あとさ、確かにシンディたちが編み出した方法は簡単だよ。だけどまったくの素人が刃物を手にした強盗を目の前にしたときできるかどうかは別だよ」
シンディ「そう? 誰でもできると思うけど」
フェリス「うーん、確かにかなり簡単になったと思う。だけど刃物見たとたんに全部忘れて思考停止する人もいるよ。警笛・スクロール・避難と鐘鳴らしとするのはそれなりにハードルが高い」
シンディ「もっと簡単にしろってこと?」
フェリス「いや、どれも役に立つし、できる人も少なくないから、これでいいとは思う。それでもできない人もそれなりにいると思った方がいいってことだよ」
シンディ「なんか難しいわね」
確かに1か0か決着がつかないでその間くらいという話は扱うのが面倒だ。ただ彼女は管理職なんだしそう言うことにも慣れてほしい。
シンディ「いっそのこと、エドアルトや装飾品店のときみたいに訓練で強盗に入るのはどう?」
フェリス「うーん、それは何となく気が進まないな」
シンディ「なんで? あのときはOKだったじゃない?」
フェリス「エドは護衛として雇われたわけだし、装飾品店の店番二人もそれに近いよね。だけど他の店の店員はそう言うわけじゃないからね。荒事を予定していない」
シンディ「でもやっても大丈夫じゃない?」
フェリス「うーん、やっぱり気が進まないなあ。やっぱりブラックっぽいから」
確かにこちらの社会だとかなり雇用側の無理が通る。さすがにケガまでさせたら問題になるが、そうでなければたぶん押し通せる。
ただうちはホワイトにしてその代わりに従業員の能力や忠誠心の向上を図りたい。他がやっているから無茶をしていいとはしたくないのだ。
シンディ「フェリスがブラックというときはどうしてもしたくないということね。わかったわ」
何かシンディにも俺がブラック嫌いだということが伝わっているらしい。
フェリス「それで俺がずいぶんわがまま言っているけどどうしよう?」
シンディ「もう面倒だからそっちで決めて」
まあそう言われるのも仕方ない気がする。ちょっとこっちの意向を押し付け過ぎた。
フェリス「じゃあ、マルコに探してもらうよ」
シンディ「そうしといて」
ちょっと口調が荒っぽい。なんか怒らせてしまったらしい。確かに権限をゆだねておいて後からあれこれ制限をつけてコントロールするのはよくない。
本当は先にルールを明確にしておいた方がいいのだが、前例がない仕事の場合はそうもいかない。
ただともかくマルコは選定を進めてくれる。
マルコ「どういう店がいい?」
フェリス「一番最初だからふつうの店舗がいいと思う。特殊過ぎると後の参考にならないから」
マルコ「飲食店と物販店はどっちの方がいい?」
フェリス「うーんどっちも捨てがたいなあ。両方とも必要だと思う」
マルコ「わかった。じゃあ両方とも選んでおく」
そうしてもらえると助かる。そう言うわけで店を二つ選んで導入を図ることにした。
これがモデルケースになって増えていくはずだ。




