(閑話)クロの冒険
小春日和のある日に、クロは朝早く目が覚めた。いつもの通りの夜明け前だ。
飯は神が悪くならないものを用意してくれているので問題ない。
味はおそらくこの世界で最高のものだ。
そうは言っても退屈なのでフェリスを起こすことにする。
仰向けに寝ているフェリスの胸のあたりに乗り、ちょいちょいと右手で鼻のあたりをまさぐって起こす。
ところがフェリスはむにゃむにゃ言うくらいでちっとも起きやしない。
それではと、今度はロレンスの部屋に向かうが扉が開けられない。
仕方がないので廊下を往復して走り回る。ダダダダッ、ドタッドタッと気持ちのいい音が鳴り響く。
突き当りではきちんと急停止してクイックターンをする。夜の大運動会だ。
しかしフェリスもロレンスも起きやしない。まったく平和である。
朝の8時ころになってようやく2人が起きてくる。
教会というのもう少し早起きするところではないのかと思う。
まあもっともあの抜けた神を祭った教会でそんな引き締まったことをするのも不自然と言えば不自然だ。
そういえば神も寝ているのだろうか。ふつう爺さんになると早起きだというのに。
起きてきたフェリスのすねに手でちょいちょいとする。
1の手下なのだからもっとかまうべきだ。なお2の手下は神で、3の手下はロレンスだ。
1の手下は面倒そうにあたしの頭をかく。もう少し丁寧に扱うべきだろう。
食事中、フェリスが座っているのでまたちょいちょいと呼びつける。
よし、すねに顔面すりすりをしてやる。実はにおいをつけているのだが、フェリスにはわかるまい。
フェリスは面倒そうにあたしの両腕をつかんで抱えると、あたしのご飯の鉢のところに連れて行って
「これを食べなさい」
という。
そこは「おあがりください」の間違いだろう。横でこの世界の神も同意している。それから新しいご飯を用意すべきだ。
新しい飯をよこせと言って、ちょいちょいとすねを叩くと、フェリスは面倒そうに朝食用に煮た麦に干し肉を刻んで入れて、あたしの鉢に入れる。
猫なんだから麦がゆなんかいらないのに。昭和30年代かと。仕方ないのでちょいちょいと神のすねを叩いて、豪華にしてもらう。
フェリスももう神が加工することを前提に作っているようだ。そうだとしてもちゃんと猫には尽くすべきなのに。
ご飯を用意したからと言って、そのまま放置するとは何事かと思う。だが今は神がいるので、そちらに要求する。
あたしが食べている間、背中をかくべきだ。そこ、そこ、耳の付け根と首と口の端も気持ちいい。
2の手下の神は殊勝なので、1の手下と位を入れ替えてやろうかと思う。
ご飯が終わればお昼寝の時間だ。まだ朝だがお昼寝で間違いない。縄張りはときどき変えるが、今のお気に入りはロレンスのベッドだ。
さっそくその上に上がり込み、横になる。季節によって伸びたり、アンモニャイトになったりする。
神が横にいるが本当に暇人だ。
午後の2時ころになって目が覚める。寝起きはとりあえず……ご飯だな。朝の残りを食べる。神が加工して悪くなっていないらしいが、同じものを食べるのは退屈だ。
作り変えてくれないかな。ふだんストーカーみたいに付きまとっているくせに、肝心な時にはいない。ホットラインでもつけたい。とりあえず我慢して食べる。
次は腹ごなしにパトロールに行く。礼拝堂の方は人が出入りしているのであまり行きたくない。家から出て気の赴くままに歩き回る。
同族がいないかと探すが、残念なことにいない。神はすぐに作ってあげるからねと言っているが、あれにそんな能力があるのか怪しいと思う。
気ままに歩いているうちに子どもの声が複数聞こえる。子どもは苦手だ。近寄ってきて無茶苦茶に触ってくる。神もそうだが、あれはうまいものをくれるので許してやる。
とにかく声のする方には近づかない。ところが子どもたちがあたしに気づいたようだ。駆け寄ってくる。当然のように逃げる。
取り囲んで捕まえようとしているが、しょせん穴だらけだ。もちろん無事に逃げられた。人間に捕まるような間抜けなことはしない。
前に地球にいたころにトラップにかかって避妊手術されたことはあるけれど。おいしそうなご飯が仕掛けられていたんだよな。なんでもTNRの団体は生のエサを使うように指導しているらしい。
子どもから逃げてまた歩いていると、庭先でおばあさんが椅子に座っている。
いつもご飯をくれる人だ。猫はグルメなので十分もらっていても別のものが食べたいのだ。
あたしの姿を見て、さっそく魚のあらか何かを持ってくる。それをむしゃむしゃだべている間、おばあさんは頭をなでたりしている。
それも食べ終わって、またパトロールを再開する。ところが今度は野犬の声がする。何でも神に言わせると、加護があるのでドラゴンという野犬の数千倍大きいのに攻撃されても無敵だというが、怖いものは怖い。もちろんそちらは避ける。
ところが野犬がこちらを目ざとく見つけて付け回してきた。ケンカなんてはしたないことはオスしかしないのだ。
ときどきフェリスがケンカしちゃだめだと言ってくるが、あれは子犬相手に縄張りのことを教えているだけだ。教育であってケンカではない。
なお今目の前にいるのは大きな犬なので教育には向かない。
もちろん逃げ回るが人間の子どもと違ってうまく巻けない。
そこにマルコが通りかかる。あれは確か1の子分の友達だ。おっとりしていて猫の扱いもうまいのでときどきなでさせてやっている者だ。
ちょうどいいのでマルコの陰に隠れる。だがマルコも怖がっていて頼りにならない。
マルコは荷物を盾にして後ずさりしている。フェリスの友達でもシンディとかいう乱暴者ならあんな野犬追い払えるだろうにと思う。
マルコは脱兎のごとく逃げ出す。あたしもそれについて行く。野犬もそれについてくる。ただマルコが大声を上げたおかげで、鍬を持った大人がやってきて野犬を追い払ってくれる。
くわばらくわばら。
さんざんパトロールして疲れたので家に帰ることにする。土足でロレンスのベッドに上がり込むが、猫はきれいなのでいいのだ。
そこでしばらくうとうとする。横になって手を枕にして寝る。
夕方頃起きだして、またご飯を食べる。だがまた同じ味だ。ちょうど神がいたので味を変えてもらう。今日のように居合わせればいいが、いないといろいろ不便である。
ホットラインについていうと、「なるほどそれはいいですね」とさっそくつけてくれることになった。ただし念話だそうだ。これでいつでも呼び出すことができる。
一通り食べてお腹がいっぱいになったので、また寝る。
また夜になって起きだす。この社会では珍しくこの家は夜が長い。地球にいたころは夜でもずっと明かりがついていたが、こちらではあまりついていない。
油は高いらしく、またつけてもそんなに明るくないのだ。ところがロレンスは光魔法でかなり明るい空間を作ることができる。
しかも夜更かしが好きらしい。それで本を読んだりしている。フェリスも同伴だ。最近ではフェリスまで光魔法を使ったりしている。
夜は猫の時間だというのに。そうは言ってもなでてもらうのは嫌いではない。
ただどうも人間は撫で方がわかっていない。もちろん首の付け根の横あたりをかかれるのは気持ちいいが、いつもいつもそういうわけではない。
額をかいて欲しいこともあるし、耳の付け根も捨てがたい。しっぽの付け根となると少し興奮してしまう。
お腹はやめろ。仰向けにされて手足の先を開いて肉球の間をこすられるのも、ときどきならいい。
あと耳を軽く引っ張ったりも、なにか面白くないが、気持ちいいことはある。
ロレンスたちも眠くなってきたようで、就寝のようだ。
こちらも家の中をパトロールしてから寝よう。ドタッドタッドタッ、ダダダダッ。




