鐘を鳴らすことを考える
シンディが商会で護衛部門を立ち上げようとしている。いまは他4人と素人でもできる店の護衛方法について道場で検討している。
ただ彼らだけで考えさせるとどうもできる人だけのものになってしまう。道場でできない人も見ているというが、彼らが見ているのは道場に来る人だけだ。
そもそも来ないとかすぐに来なくなる人はもっとひどい。そう言う人でもできるようにしてほしい。
閃光のスクロールを使って護衛する方法をいまは検討している。シンディもずいぶん折れてくれて、なかなかいいできだ。
そもそも戦わずに逃げる方向も考えている。道具で武装したとしてもそもそも武道の心得のない者は戦おうとしても勝ちようがない。
だから逃げる方がいいのだ。ただそうすると客の方は困る。どうしたものかと思う。
フェリス「それだとお客さんはどうなるの?」
シンディ「そうなのよね。そこなのよ。ただどうしようもないから、店員が逃げて外から自警団に知らせるしかないと思うわ」
フェリス「うーん、やっぱり客をほったらかしにするのはまずいような気がする」
シンディ「まあ、そうね。強盗に襲われたときに客を残して店員だけ逃げてしまうのも評判が悪くなりそうね」
エドアルト「だったらやっぱり戦うのか?」
フェリス「いや、まあそれは無理だよね」
エドアルト「だけどそれじゃまずいんだろ」
シンディ「そうは言っても現実的に無理よ」
シンディの方からそういう現実的なことを言ってくれるのは助かる。管理者になったからか。下の立場だとその周りのことしか見えていないから、けっこう勝手なことを言う。ある立場だと合理的なことでも別の立場だと不合理になることは多い。
エドアルト「じゃあ、どうするんだよ」
フェリス「元から考えてみようよ。いま求められているのは客の前で戦うことじゃなくて客を見捨てず安全を図ることだ」
エドアルト「それって何が違うんだ?」
フェリス「官憲をすぐに連れてくればいいんじゃないかな?」
エドアルト「それって警笛鳴らして呼ぶことにしているんじゃなかったか?」
フェリス「うーん、それで確実に来るかということなんだよね」
いまは店の前に警笛をつけている。なお笛ではなくてホーンだ。ひもを引っ張ると空気が送られて大きな音が出るようになっている。
鳴ればかなり目立つがあくまで近隣にしかならない。近所の人が自警団などに通報してくれればいいのだが、確実かどうかはわからない。
シンディ「多分来るとは思うけど確実に来るとは限らないわね」
エドアルト「確実に来れば見捨てたことにならないってか?」
フェリス「うん、現実問題、その方が客にとっても安全な可能性が高いしね」
シンディ「まあそれはそうね。どうしたら確実に来てもらえるかな?」
エドアルト「もっと大きい音出したらいいんじゃね?」
シンディ「それって警笛大きくするとか?」
うーん、確かに小さいより気づかれやすいだろうけど、なにかあまり解決にならないような気がする。
フェリス「それで確実に来るようになるかな?」
シンディ「それはわからないわ」
フェリス「なんで来ないかもしれないんだろう?」
シンディ「音が届くかどうかわからないのよね。住民が通報してくれるかどうかわからないし」
住民が通報しないのは都市部ではよくある無関心だ。それはある意味都市の暮らしやすさにもつながっている。セレル村だったらすぐに村中に知れ渡るだろう。
フェリス「確実に届く音ってないかな?」
シンディ「うーん、教会の鐘なら届くんじゃないかな」
フェリス「あ、それだ。それ使ったらどうだろう?」
シンディ「え? 教会の鐘を鳴らすの?」
フェリス「いや教会の鐘か似たようなものを店につけるんだ」
シンディ「そんなの勝手につけて怒られないかな?」
フェリス「うーん、例えばさ他の火事とか他の店の強盗のときも使っていいことにしたらどう?」
シンディ「あー、なるほど。それなら認めてもらえるかも」
フェリス「公共物みたいにして、うちの店の負担でつけていいから」
シンディ「それできる?」
フェリス「まあ役所の方に聞いてみるよ」
そう言うわけで鐘を付けられるよう役所に交渉することになった。そう言えば江戸の町も火事のときは半鐘を打ち鳴らしていたはずだ。これで確実に自警団や騎士団が来ることになれば客を見捨てたことにならないはずだ。
シンディ「なるほど。でもこれなら店の防衛っていらなかった?」
フェリス「いや、そうでもないんじゃない? 時間稼ぎだって十分重要だし」
シンディ「でもなんかあまり役に立ってない気がするわ」
フェリス「うーん、そうは言ってもいろいろ制限があるからね。すごく弱い人でもできることとか。それなら仕方ないんじゃないかな」
シンディ「そうね。いろいろ難しいのね」
フェリス「そりゃ内輪でやっているうちはいろいろ難しいこととかややこしいこともできるけど、たくさんの人にさせようとするとそれは無理だよ」
シンディ「そうね。じゃあ後は役所次第ね」




