シンディがブラックな研修を言い出す
シンディの護衛部門が働く先を探して、うちの高級装飾品店に目を付けた。そして実際に訓練としてだが襲撃したところ、見事2人だけで成功してしまった。
これは警備体制に明らかに欠陥があるとしか言いようがない。
いまは制圧されたばかりの店番や店員の縄をほどいて反省会のようなことをしている。もちろん店の方は臨時閉店だ。さすがにここに客を入れるわけにもいかない。それは担当役員のマルコにも断ってある。
フェリス「ともかくこの店の護衛については改めて見直します。別に皆さんを首にするつもりはありません。こちらも皆さんに何も言わずに訓練したことは申し訳ないと思っています」
さすがに無断で一方的に強盗みたいなことをして、それで守れなかったから首というのはあり得ない。そんなことが外に知られたらうちの悪評になる。
誰も働きに来てくれなくなるだろうし、店の客自体も減ってしまいそうだ。従業員にはそちらが悪いわけではないことは伝えておく。
なお店には店番が中と外に1人ずついて、さらに店員がいた。店番の方は二人とも筋肉質で特に中の店番は少しいかつい雰囲気もある。店員は中肉中背のふつうの人だ。
中のいかつい店番の方は明らかに不満そうな顔で、先ほどから声を荒げている。
それでシンディにどうしたらいいかを振ってみると、彼女は無茶なことを言いだした。
シンディ「これから毎日道場に来なさい。稽古をつけてあげるから」
そりゃいくら何でもやり過ぎだ。だいたい別に店番がそんなに剣術がうまくなったところで護衛の役に立つようには思えない。
フェリス「あのさ、剣術ってそんなに店の護衛に役に立つの?」
シンディ「剣術ができれば強盗にも対処できるわ」
フェリス「対処できるようになるまでにどれくらいかかるの」
シンディ「そんなにすぐにできるようにはならないわ。まあ2~3年続ければ少しは物になるんじゃないかしら」
あのさあ、すぐに役に立つことばかり求めるのもどうかと思うがいまは別だ。
前世で企業が学校に役に立つことを教えろと言っていて、確かに何年も前に直接役に立つことを教えてうまくいくとは思えない。
だけどいまは目の前に役に立てるべきことがあってすぐに役に立ってもらわないと困る。そんな2年3年先ではどうしようもない。それに前世の企業と違って、金を出すのはうちの会社だしね。
フェリス「いや、そんな悠長なこと言われても困るよ。ある程度はすぐに結果を出してもらわないと」
シンディ「そんな付け焼刃はダメよ」
フェリス「あのさあ、研修中の給料だって店が出すんだよ。そんなに湯水のようにお金を使われても困るよ」
シンディ「道場はそんなに高くないわよ」
フェリス「いや、その稽古中の給料だよ」
シンディ「え? 店番が自主的に来るんじゃないの?」
なんか考え方がブラック脳だ。前世で自主研鑽とか言われていたやつだ。
フェリス「拘束時間は給料払うの当たり前だろ!」
シンディ「え? そうなの? 負けたのに」
どうしたらそう言う考え方になるのだろうか。ところで店番と店員を前に何も事前調整せずに茶番を繰り広げてしまっている。
ところが店番の方もまた変なことを言いだしたのだ。
店番B「こちらもまけたのだから、剣術の稽古くらいはしますよ。もちろんその分の給料もいりません」
なんで、そんなにブラック脳なんだろうか。シンディは満足げな顔をしている。
フェリス「それはダメ! うちは最低賃金が決まっていて、どんな仕事していても拘束時間にはそれを払うことになっているから」
シンディ「店番の人もいいって言っているのに。それにあたしの部署の話しよ」
フェリス「本人がいいと言えばいいにすると、いやな人は辞めざるを得なくなる。そうするとどんどん条件が悪くなるし、いい人が来なくなるよ。それに君の部署でも商会全体のルールは守ってもらう」
シンディ「じゃあどうしろって言うの? そんなにすぐに護衛がものになる方法はないわ」
アレックス「あのー、いいですか?」
そう言えばアレックスも来ていたんだ。
フェリス「なんだい?」
アレックス「マリークさんに研修を頼んだらどうでしょう?」
前にギルドの紹介で護衛の研修をしてもらった人だ。彼のおかげで道場のいけ好かない師範代を倒すことができた。
なかなかいい案だと思う。シンディの方もそれでよさそうな感じだ。
シンディ「それはよさそうね」
フェリス「うん、それでマリーク氏に一度聞いてみよう」
シンディ「でもそれはそれとして、基礎的な訓練は必要よ」
フェリス「うーん、するにしてもちゃんと給料は出して現実的なところに収めてほしい。とにかく後で話し合おう」
あまり急いで店番の前で話し合うのもよくないと思う。もう少しきちんと準備しておけばよかった。
だいたいこの襲撃訓練自体があまり気が進まなかったからなあ。




