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旅立ち(下)

 帰宅してロレンスと食堂の椅子に座って話す。


「クロは連れていきます」

「寂しくなりますがそれがいいでしょう。ここはあなたの家です。いつでも帰ってきなさい」

「はい、そうします」


マルクと組んでセレル村でも商売をするだろうからときどきは帰るだろう。商売に失敗して逃げ帰るようなのは避けたい。


「思えばあなたが来てもう8年にもなるのですね、あなたは覚えていないでしょうが、暑くなり始めたころのことでした。礼拝堂の片隅にあなたとクロの入ったゆりかごがあって、それは神々しく見えました」


さんざん聞かされた話だし、実は記憶自体もある。神々しいのは神がクロについていたからだろう。


「あれから8年いろいろありました。あなたは大人びていて手のかからない子でしたね」


それは中身はおっさんだから仕方ない。むしろ俺の方が年上だ。


「でも本当にあのときうちで育てることにしてよかった。クラープ町の孤児院に入れるように勧めてくれた人もいましたが、どうにも神のご意思を感じて」


神の意思であることは間違いない。初めから押し付けるつもりだったのだ。ご意思なんて上等なものではないけれど。ただ育ててよかったと言ってくれるのは素直にうれしい。


この日はかなりの夜更かしして過ごした日々について語り合った。


「幼いころに村人の言葉で、何だったか覚えなくていいと言ったのがありましたね」

「はて……、そんなこともあったような。ずいぶん時間が経ちました」




 レナルド・マルク・ロレンスとは翌日以降もいろいろ話しあった。レナルドとは今後の武道修行のことだ。俺が町の道場に行くのは決定事項のようだ。


ただギフトについてはとりあえず向こうに伝えない方がいいとのことで、レナルドが町に来る時を中心に稽古をつけてくれるという。向こうではスコットも一緒に稽古することもあるらしい。


「また魔物がいたら魔物退治もいいかもしれないな」


魔物など出ない方がありがたいが、冒険は行ってみたい気もする。今度はシンディやマルコも一緒に行けるといい。




 マルクとは向こうで商売するときの仕入れについての確認である。マルクの実家のマルキは困った男だが、奥さんのカテリーナはできた人なのでそちらに頼れとの確認である。


これについては何度も聞かされているのでよほどなのかと思う。マルコもマルキのことはあまりよく言わない。


マルクの実家からの仕入れは、町で生活するための生命線なので念には念を押しておいた方がいいとは思う。




 このときのことをマルクに後で聞いたところ、俺はそのことで失敗しないだろうが、失敗しても他の稼ぎ口を見つけるだろうし、それでもだめなら村で十分暮らしていけるだろうと踏んでいたそうだ。まあ息子を預けるくらいだからそれくらいの値踏みはするのかもしれない。商人だし。




 旅立ちが近づき、それなりに稼いでいるので、ロレンスにお金を渡そうとするのだが、ロレンスは固辞して受け取らない。


「私は生活に困っていないし、また困ったときに助けてください」


ロレンスが受け取ろうとしないので、少し回り道した方法をとった。マルクにお金を渡し、マルクからの布施ということで何か持って行ってもらう。


マルク自身も布施はしているのだが、少し多めにということだ。あまり極端にすると不自然なので、月に1万程度だ。


そのうち本を持っていくという。もしマルクからでも多すぎるようなら、村人からの布施を預かってものを届けたと言えばいいとのことだ。俺も(元)村人だし、嘘ではないだろう。


ところでこの社会ではかつては庶民に名字がなかったが、最近は便利のために屋号など名乗るようになっていた。


俺はロレンスの名字のシルヴェスタを使わせてもらう。ロレンスの子だと言いたいのだ。




 そしてとうとう旅立ちの日となった。とはいっても行先は何度も行っているわずか徒歩半日のクラープ町だ。ただ今日からは住居も移す。


だからロレンスとも、毎日顔を合わせることはなくなる。もちろんクロは俺が連れていく。ロレンスにしてみれば8年間ずっと世話した子と犬との別れだ。




 ロレンスとレナルドとマルク、さらに村の人々も何人か来ている。仔鹿亭のエミリーや東の集落のアンナもいる。この前送別会であったばかりなのに。


荷物をすでに積み込んだ馬車に乗る。クロも一緒に乗っている。そして馬車が動き始める。クロはおっかなびっくりである。馬に乗ったりしていたことはあったのだが。


馬車のスピードは徒歩より速いので午後にはあちらにつくだろう。


今生の別れというわけでもないが、一つの転機には違いない。自然と体が動いて思いっきり手を振る。向こうも大きく手を振っている。俺の視界からしだいに手を振る人たちの姿が小さくなっていった。



今回で1章のお話は終わりです。明日は総集編と閑話です。


明後日から2章に入ります。

実はストックがそれほどないため、いまの更新ペースだと今月下旬にストックがなくなってしまいます。

お楽しみいただいているところ心苦しいですが、1日1回朝の7時までの更新にします。

今後ともどうか応援よろしくお願いします。

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