65. シンディの説教とエドアルトの決断
護衛を組織的にするために人を雇い始めた。エドアルトという若者を雇ったがどうにも注意力散漫だ。
シンディが非番のときに心配で俺を付け回していたので意見すると、シンディはエドが護衛のときに俺たちを襲って思い知らせようと言うことになった。一種の訓練だ。
そしてそれを実際に実行し、エドを縛り上げた。その後にエドは縛られたまま寝落ちして、いま水をぶっかけられて起こされ、事情を聴かれているところだ。
と言っても事情などはもちろん俺たちの方がよく知っている。これからシンディのお説教タイムが始まる。エドアルトは縛り上げられて何も覚えていないらしい。
このまま隠れていてもいいが、それも何か嫌らしいので彼の前に出る。
フェリス「やあ、エド」
エドアルト「あ! フェリス!」
シンディ「あ! フェリス! じゃないでしょ。まずは護衛対象の心配をしなきゃ。それに護衛対象だからシルヴェスタ様って呼ぶの」
シンディはフェリスと呼んでいるが、それはまあいいのだろう。
エドアルト「でもなんで?」
シンディ「あんたの護衛があまりも間抜けだから訓練したの」
エドアルト「ひっ、ひどい」
シンディ「ひどいって何よ」
エドアルト「だって、こんな目にあわせて。もっと別のやり方だってあるだろ」
シンディ「いくらもっと回りを警戒しろって言っても聞かなかったじゃない!」
エドアルト「だからって……」
シンディ「あのね。前にも言ったけどフェリスは実際に襲われて拉致されたことがあるの。それも3人によ。命じたのはたぶんゼーランの子爵でまだ捕まっていないの。これどういうことかわかる?」
エドアルト「どういうこと?」
シンディ「つまりね。また襲ってくる危険があるの」
エドアルト「はあ」
シンディ「はあ、じゃないでしょ」
エドアルト「でも戻ってこれたんだ」
戻って来れたのは俺がギフトを使ったからだ。ただそのことは彼に言うのはまだ早い。
シンディ「戻って来れたのはたまたまよ。だいたいあの子爵はフェリスに恨み骨髄だから次は殺されるかもしれないわ」
エドアルト「それでどうなる?」
シンディ「どうなるか、じゃないでしょ。そんなことになったらあんただって殺される可能性は高いし、万一あんただけ助かっても大恥よ」
シンディの方が年下だが、上司だし剣術の腕も上で、エドアルトは全くかなわない。
シンディは商売の方ではあまりうまくなかったが、自分が得意な荒事となるといろいろ気が回るようだ。たぶん状況がよくわかるので気後れなどがなくなるのだろう。
エドアルト「え? そんな恐ろしい仕事なの?」
シンディ「あのね。師範代も言ってたでしょ。少しの油断で死だって」
あの師範代もたいがいの脳筋だったし、だいたい本人は戦争なんか行っていない世代だが、言うことが全部間違っているわけでもないらしい。ただこの手のスローガンの類はたいてい心に響かない。
エドアルトはようやく事情が分かってきたらしい。かなり不安げな顔でこちらを見ている。
考えてみると恐ろしい時代だ。前世ではあまり人が殺されるようなことはなかった。とは言え、それは日本でのはなしでアメリカなどは人口当たりの殺人事件発生率は20倍くらいあったし、それよりずっと危険な国だってあった。それどころか戦争だってあったのだ。
こちらの社会だと封建領主の無理がまだ利いている。実際は王府の権限が強くなりつつあり、子爵はそのうち排除されるかもしれない。彼のやり口は古すぎるのだ。ともかくそういう時代を生きなくてはいけない。
シンディの方がまとめに入っている。
シンディ「辞めたいなら辞めてもいいわ。ゆっくり考えなおしてきなさい」
そう言ってとりあえず説教は終わりになった。聞いているだけでも辛いので終わってくれると嬉しい。
エドアルトはうなだれたように帰っていった。
フェリス「彼、どうするかな?」
シンディ「辞めるかもしれないわね」
フェリス「それでいいの?」
シンディ「だって仕方ないじゃない。そう言う仕事なんだから」
けっこう冷たいのでよくよく聞いてみると、シンディの周りでというよりシンディの父親の道場の出身者で死んだ者はいないが、ひどいケガで二度と剣士としては仕事できなくなったものはいるそうだ。
そうでなくてもケガで数か月は剣士はできずにその後も完全に元通りではないと言う者なら何人かいるとのことだ。
それだけの経験があれば、あれほどの度胸というのもわからないではない。まったくケガをしていない俺には信じがたい話だが。
納得がいくとともに、改めてシンディは商売などではなくこういう仕事の方が向いていることが分かる。
人にも向き不向きがあるから、それ以外をまったく試さないのはよくないかもしれないが、向きそうにないことに固執しても仕方ない。
ただエドアルトがどうするかはわからない。まったく別の仕事に変えることは考えられる。ただそれはそれで辛いだろう。
だいたいどうしても向き不向きはある。彼が商売などに向いているとも思えない。読み書き計算がかなりできないとやはりやりにくいからだ。
もちろん職人とか他にもいくらだって職業はあるが、もう少し護衛を試してみてもいいようには思う。
けっきょく翌日に彼はやってきて、シンディに頭を下げていた。もう少し護衛でやってみたいと言うことだ。それはそれでいいと思う。
こんどはシンディの言うことを真剣に聞いているし、護衛のときにシンディが同席していてもかなり気を張っていることがわかる。絶えず警笛にも手をかけている。
場合によっては殺されかねないことが伝わったのかもしれない。とりあえずしばらくはそれで様子を見ればよさそうだ。




