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旅立ち(上)

 6月が来た。もうすぐ俺も10歳である。俺は同じ歳のシンディとマルコとともにクラープ町に移ることを決めていた。


10歳から仕事を始めるこの社会の風習に従った結果である。クラープ町では魔法塾に通いつつ、行商をはじめとした商売を行う予定である。


ただクラープ町はそれほど大きい町ではないので魔法の学校まではない。




 シンディはすでに10歳になっている。シンディを町の道場の内弟子にする相談もあったようだが、内弟子に必要な家事などできそうにない。


そう考えた父親のレナルドは、フェリスと一緒にさせるのがいいと思い、同居させて俺のもとで働かせることにした。


マルコももうすぐ10歳で、父親のマルクは町の本家にいる兄のマルキを信用しておらず、そこでの修業がいいとは思っていなかったが、俺と一緒にいて通いならいいかと妥協した。


レナルドとマルクからそこまで評価されているのはありがたい。シンディとマルコからはそこまで評価されてない気もするけれど。前者はおっさんがおっさんを評価しているからだろうか。




 5月の終わりに仔鹿亭で送別会が開かれた。ロレンスと2人の両親たち主催で、友人たちも招かれてパーティとなる。


仔鹿亭の店主のクロードとミレーユ夫妻も娘で給仕のエミリーもフェリスのことが気に入っていて、思い切りサービスすると言ってくれていた。


俺はマヨネーズとホワイトソースを作り、娘のエミリーをやらしい親父どもから守ったことで、一家からずいぶん気に入られていた。


「いよいよ旅立ちだね」

「村に戻ってきたらまた来ておくれよ」

「フェリス君、いままで本当にありがとう」


食堂の3人にとっても思いが深い別れとなる。


採算がとれていないだろうというほど山海珍味が並び、この日のために工夫が凝らされた料理が見られた。海は遠いのだが、塩漬けにされた海のものもあり、俺は見当がつくが、他の客には珍しいものだった。




 俺は商売やブドウ栽培の関係で村の有力者たちともかかわっていたので、彼らも来ている。


記念品やら料理やらを持ってきてくれている。しかも荷物が増えて困るだろうということでご丁寧に当日の馬車まで用意してくれている。


彼らにブドウの栽培についてくれぐれもよろしくと頼む。




 東の集落のアンナも来ていた。2年前にフェリスたちの依頼でワインづくりの勉強を始めた4つ年上の子だ。作ったワインも持ってきてくれる。


「これはまだ1年ほどの若いワインですがどうぞ」

さっそくふるまうことにする。


「おや、これはなかなかのものですなあ」

「これは期待ができます」

「村のどぶろくとはちょっと違いますね」


大人たちは試飲して口々に感想を言っている。ちょっとのん兵衛の困ったのがどんどん飲んでしまいそうなので、取り上げて多くの人に回すようにする。


「まだまだこれからいくらでも研究の余地はあります、いいものができたらぜひフェリスさんに飲んでほしいです」


アンナははにかみながら返す。4歳年上のお姉さんからそう言われて、村の大人たちではないがこれからが期待できる。いや別の意味ではなくてワインの味もこれからの商売も。


もしアンナのワインづくりが進んだら、投資したり、留学に行かせることもありうるのかなあ。年上の子の留学を考えるのもどうかと思うけれど。





 同じ年の3人で遊ぶことが多かったが、村には上下にも子どもがいる。教会の寺小屋でもレナルドの道場でも一緒だったし、みんなで遊んだこともある。


上の子たちはすでに村を出てしまっているのも多いが、下の子たちは見送りに来てくれている。


「俺たちも来年かあ」

などと言いながら、並んでいる料理に目を見張っている。食べきれそうもないからたくさん食べてくれるのはありがたい。


俺も日本でブラック勤めの中年でストレスをためていたころと違ってたくさん食べられるが、それをはるかに上回るほどの料理が用意されている。



 村長のあいさつで、「フェリス君は村一番の俊英で」などと言われるのは面はゆい。もっともシンディも「向かうところ敵なしの女剣士」だし、マルコも「未来の大商人」だ。それぞれ困ったような顔をして、それを大人たちが見て楽しんでいる。




 送別会は昼から初めて2~3時間のつもりだったが、大人たちはそれで終わるはずはないと言っていた。実際にその通りで夕方になっても終わる気配がない。


はじめは当日の昼前から行って、終われば旅立ちすればいいなどと話していたが、周りから絶対無理だと止められた。確かにそれではとても当日には出発できなかっただろう。


俺は次から次へと来客にあいさつする。ロレンスやレナルドやマルクとはまだ明日以降もいろいろ打合せしないといけないのでここではあまり話さない。


彼らはホストなので来客の相手をしている。




 夕も過ぎてあたりが暗くなった頃に次第に人が少なくなってきた。料理が残ったのでみんなそれぞれ持って帰る。初めからみんな容器を持ってきている。


意地汚いようにも見えるが、この社会の風習で残ったものは持って帰るので、かえってありがたいのだ。ほとんど全部片付く。


だいたいみんな出たころになって俺たちも仔鹿亭の3人にお別れを言って辞去する。


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