60. 家探し(下)
幸か不幸かクラープ町の家賃はそれほど高くはない。地方の町の経済は微妙だ。
貨幣経済の浸透のせいかより田舎の村からは人を吸い上げるが、より大きい都市に人が吸い上げられてしまう。
だから空家がそれなりにありそんなに狭くない部屋が安く借りられる。
さて家を探すにしても、実は不動産屋があるわけではない。家を探すとなるとすべて人づてなのだ。そうするとよそ者には家を借りにくくなっている。
さいわいフェリスはロレンスの伝手で町の司教がおり、シンディもレナルドの出先の道場主がおり、マルクの実家もある。
さらにはスコットも家探しを手伝ってくれる。スコットはギフトのこともわかっていて話しやすい。
実際に物件を見ることを始める。まずはマルコの伝手が散々だった。マルコの伯母のカテリーナは親切だが、伯父のマルキは俺たちを完全に見下している。
「小僧のくせに通いとはずいぶんなご身分だな。むかしは住み込みで修行したものなんだがな」
マルコの父のマルクが兄を嫌がっていた理由がよくわかる。もともとマルコをクラープ町ではなくクルーズン市に行かせることも検討していたのだ。
フェリスと一緒に行動させるのがおもしろそうだと思ったのと、通いになるからクラープ町でもいいと妥協したようだった。
伯父のマルキはほとんどこちらのいうことも聞かず、自分の都合のいい場所にほとんど一方的に決めて、押し付けてきた。
3部屋と言ったのに2部屋しかなくもちろん出入口も1つで3人で住むのに都合のいい家ではなく、断る。マルキはぶつぶつを文句を言い、カテリーナは後から謝ってきた。
教会の伝手の方も見てみる。家族用の4部屋あって出入口も2つある家があったが、西の方で中心から40分以上歩きやや遠い。
家賃も5万ほどで高くなく悪くはないのだが、毎日歩くとなるとちょっとつらそうな気がしてきた。もっともこの社会の人はよく歩くのでシンディとマルコはこれでもいいという。
いちおう候補として別の物件も見ることにする。
道場関係の伝手の家も見てみる。道場の門下生の持つ家だそうだ。条件は満たしていて道場には近いのだが、道場より南側で北の学校や塾に行くには少し遠い。
それから周りが少し殺風景なのだ。店は近くにはなく、川が近い。河川敷でトレーニングもできるというが、それを喜ぶのはシンディだけだ。
いちおう候補だが西の家より後の候補にする。
最後にスコットの紹介の家を見る。スコットは自宅をクルーズン市ギルドの支部にしており、中心部に住んでいる。紹介する物件も中心部である。
家賃は他に比べて高いが、少し裏手にあたるのでそれほどでもなく、6万5千ほどである。もちろん3部屋と出入り口の条件は満たしている。
家の雰囲気もわりと暖かみのある調度があって悪くない。また店なども近い。この家なら誰にとっても通う先までそれほど遠くない。
候補が出そろって、
「スコットさん紹介の家がいいと思うけれど、みんなはどう?」
「確かに便利なところにあるわね」
「ただ少し高いね」
「そうなんだけれど1人当たりにすると5000ハルク高いくらいだ」
「安い仕事で1日分の稼ぎか」
「1日40分よけいに歩くとなると、ひと月で3日分くらいの労働になるよ」
「まあそれならいいか」
もちろん家賃が高いのはあまり好ましくない。だが贅沢するならともかく、通勤や通学時間を短くするのは投資でもある。
たまになら時間をかけるのもいいが、毎日となると避けた方がいい。電車と違って途中で本が読めるわけでもない。
しかも健康のために歩くことなら、日本と異なり他でいくらでもできる。
「じゃあ、あの家でいいかな?」
「あたしは賛成」
「僕もいいと思う」
そんな感じで話はまとまり、6月からそちらに住むことで手続きをしてもらった。他の紹介者にはちょっとしたお礼とともに、丁重に断りを述べる。
もっともマルコはマルキではなくカテリーナにだったが。
住む家も決まり、3人は新生活に思いをはせた。
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