師範代ターヴィ・オッツァラ
俺と商会に護衛が必要となり、その組織をシンディに任せたら、どうしても旧知のアレックスを使いたいと言ってきた。さすがに未成年なので危険な仕事をさせるのは止める。
すると訓練だけでもというが、それも却下だ。それも否定されると今度はサービス残業を申し出てきた。つまり勤務時間外に訓練すると言う。どうしてこう脳筋なんだと思う。
仕事を任せておいていちいち注文を付けたくないのだが、ここは譲りたくない。こちらの世界では使用人に対するひどい扱いはいくらでもあるが、それはどうしても否定したいのだ。
勤務時間外での自主的訓練も却下されて、シンディは道場で勝手に稽古すると言ってきた。そこまでされると止められない。私的な時間でまして外では干渉できない。
ただ俺の考えでは家族や友人でもないある意味他人間では、まして商会のような組織が絡むときには、物事には相応の対価があるべきだと思っている。一方が他方にタダ働きさせるなどあり得ない。
ただこの辺は微妙なところで、商会が優位な地位を使って不当なことを押し付けなければ、使用人が自主的に能力の向上を目指すのは自由だ。
それは出世したいとか転職したいとかいろいろな理由でそれをすることはよくある。とにかく商会が変な圧力をかけなければいい。
彼らが勝手にやっている訓練に対価を払うとしたら、より高給で報いるくらいしかなさそうだ。
ところでシンディがさせたがっている訓練というのはどんなものか知りたい。護衛の訓練ならうち以外でも必要となるからそういうものもあるとは思う。
うち以外でも必要となると、ますます給料は出しにくい。よそに行かれるかもしれないからだ。ついでにそれが手当を出さなくてもいい理由にもなる。
ともかく道場に行くことにする。ただ正直言うと気が重い。いちおう俺もシンディに無理やり連れられて道場に入門しているが、すっかりご無沙汰だからだ。
道場に行くと師範代のターヴィ・オッツァラと目が合う。ふだんの稽古は30代の彼が担当している。
かなり体がでかく胸板は厚く腹も脂肪ではなく筋肉で丸太のように太く、顔は四角く無精ひげを生やし、オッツァラというよりオラオラ系でなんでも力で押し切れると考えていそうな御仁だ。どうにも彼は苦手だ。
案の定、顔を見られるなりどやしつけられる。
師範代「あ、お前、ずっと稽古に来ていないな。そんなことじゃ強くなれんぞ」
正直言うと強くなりたいとは特に思っていない。いやまったく苦労なしに強くなれるならなりたいが、そうでないことはわかりきっているので、なりたいと思わないのだ。そこにさらに追撃が来る。
師範代「それにな、剣術をやり遂げてこそ人は成長するのだ」
そう言えば前世の中高の部活顧問も人間的な成長とか言っていたが、顧問も含めて部活を頑張った人間がそれ以外より精神的にとくだん成長しているとは思えず、そうでない例をあまりに多く見てきた。
ところが困ったことにシンディとアレックスは師範代の言うことをものすごくありがたそうに聞いているのだ。あーいやだいやだ。
とは言え、よけいな反論をすると面倒なことになる。彼の中では上下関係があり、そこでは俺は下なので口答えすると瞬間湯沸かし器のように沸騰するのだ。
フェリス「来るようにします」
とりあえずそう答えておく。もちろんそういうつもりはない。ただ前に話したことをほとんど覚えていないから、から約束でも構わないのだ。
まったく面倒だなと思っていると、その辺でシンディが割って入ってくれた。
シンディ「実はですね。今日は護衛の稽古をつけてほしいのです」
そういうと、師範代はにんまりと笑う。あまりほほえましい感じでもない。ただシンディはさすがに強い上に稽古熱心なので彼のお気に入りなのだ。
師範代「護衛? そんなものは簡単だ。とにかく力で押し切ればいいんだ」
おい! それまずいだろ。そう思うが、シンディとアレックスは金言でも聞いたかの如く感動して彼を見ている。
そして彼らは次々に師範代相手に手合わせをする。シンディの方はなかなかいい勝負になっているが、やはりアレックスの方はそれより見劣りする。
とは言え、彼も年齢の割には強いのだろう。俺の方に回ってくるとまずいので、適当に目のつかないところに逃げる。
しばらく見ていたが、護衛にふさわしいようなことはさっぱり教えていなかった。
そりゃ入門段階だったら護衛に特化した稽古などせずに一般的に稽古をしてもいいが、シンディくらい上達した者が護衛の稽古をしたいと言ったら、それに特化したものを教えるべきだろう。ちょっとまずいんじゃないかと思う。
帰り道にシンディたちにこぼす。
フェリス「あれって、護衛の訓練になっているの?」
シンディ「そりゃあ、師範代が言うんだからなっているでしょ」
アレックス「その道の専門家について行くべきではないですか?」
正直言って専門家かどうかも怪しいと思う。さすがに意見した方がいい気がしてきた。ちょっと、というよりかなり怖いけど。
オークは前に子どもの頃に倒したが、さすがにギフトは人前で使えないからなあ。どうしたものか。




