35. (親方)散々な末路(下)
ワシはクルーズンで建築の親方をしている。ちょっと前までは仕事を多数受けていた。人もたくさん使っていた。
だが元徒弟に訴えられる。この前は腹が立って裁判をすっぽかしてやった。取り澄ました判事も代言人も待ちぼうけだ。ざまあみろだ。
役所から手入れが入ると言うので、町内会長から近くの代議員を紹介してもらった。少しばかり包んで、口利きをしてもらう。手痛い出費だが、やむを得ない。
裁判所からはまたよくわからない通知が来ていた。来ないと負けますよなどとも言われるが、なんで裁判が進まないのに負けるのかわからん。
そちらの都合で裁判を起こしたのだから、こちらの都合も考えてもらわないと困る。
役所の方も事情を伺いたいなどと言ってくる。あの議員は何をしているんだ。数万包んでやったのに、どうなっているんだ。町内会長に聞くが要領を得ない。
まあ役所より議員の方が強いだろう。こちらは仕事のことを考えていた方がいい。
ところがその仕事の方が全く動いていない。徒弟が辞めて少しばかり現場がきつくなったら、古手の連中もぽろぽろと辞めていった。
前からいた者も、口うるさくて煩わしいので、分をわきまえろと怒鳴りつけてやったら、来なくなった。まったく主人でもないくせに意見しやがって。
何がもう少し仕事を教えてやれだの、裁判には行けだのと、まったくうるさい。こちらは今までこれでやってきたんだ。
とはいえ、誰もいないと言うのも困ったものだ。まったく現場が動いていない。発注者からはどうなっているのかと聞かれる。
ちょっと徒弟がケガしましてと言い訳するが、不信の目で見られる。嘘ではない。だいたい安い金で請け負っているのだから、そんなにうるさく言われても困る。
そうこうしているうちに、とつぜん家に執行官というのがやってきた。差押えをすると言って道具類を持って行く。なぜ差押えられるのかと聞くと裁判で負けたからだと言う。
何で出てもいない裁判で負けるのかと文句を言うが、負けたのだからこうやって執行しているとだけ言う。何とか持って行かれないようにするが、執行妨害で逮捕すると脅される。
そして家財も仕事道具も金目の物はすべて持って行かれた。それだけではない。建築ギルドからすぐに来いと呼び出しがかかり行ってみると、ワシが預けていた金を差し押さえられたと言う。
あれは今後の工事を進めるための資金も入っているのだ。ギルドで会頭に聞くが、裁判所から言われたのでは仕方ないと言う。仕方なく町内会長に聞きに行く。議員先生に頼んだのではないのか。
親方「議員先生に頼んだのではないんか?」
町内会長「そりゃ役所の方はともかく裁判の方は先生でもどうにもなりませんよ」
そんなことを言われる。それならそうとはじめから言ってくれればいい。だがなんで裁判に負けたことになっているのかわからない。
親方「じゃあなんで裁判に負けたんだ?」
町内会長「裁判は裁判でこちらの範囲外ですからね。代言人にでも聞けばいいみればいいでしょう」
何の役にも立ちやしない。まったくその場逃ればかりしやがって。
代言人と言えば、そういえば裁判でカルターとか言うのがいた。あいつが代言人か。あいつに聞けばいいんだ。
そう思ってカルターという代言人の事務所について周りの者に聞くと裁判所近くにあると言う。行ってみると風格のある事務所だ。ところが中に入るとうるさそうにされる。
親方「ワシは裁判に負けたことになっているのだが、なんでなんだ?」
カルター「あなたはこの前の裁判の被告ではないですか?」
親方「なんだなんだ? ワシは犯罪者じゃないぞ。とにかく代言人に聞けと言われたから来たんだ」
カルター「裁判で訴えられた方を被告というのです。私は原告の代言人ですから被告の依頼は受けられません。別の代言人を探してください」
親方「そうなのか。とにかくなんでワシは負けたことになっているんだ?」
カルター「あなたは期日に出席しなかったでしょう。裁判に出席しない場合には相手の言い分を認めたことになると王国法にも書いてあります」
親方「そんなのひどいじゃないか!」
カルター「合意して期日を決めて、それを連絡なしに来ない方がよほどひどいじゃないですか」
親方「とにかくワシはどうしたらいいんじゃ?」
カルター「先ほども言いましたが私は原告の代言人です。被告の相談は受けられません。どなたか他の代言人を探してください」
そう言われて護衛に追い払われる。
仕方なしに近くの別の代言人事務所に行くが、誰もいいことを言わない。そもそも裁判所からの通知を持って来いと言われるが、そんなものはもう捨ててしまっている。
経緯を話しても見込みはないと言われる。上訴という手もあるが、たぶん負けるだろうとのことだ。そんなつまらん相談でもしっかり相談料5000は取られるのだ。
その上に役所の調査はしっかり入る。徒弟との契約やら勤務時間の管理やらケガの補償などいろいろ聞かれるが、そんなものはその場限りの信頼関係でやっている。
そう答えるが、そんなもの通用しませんよと役所の若いのに失笑交じりに指摘される。何でお前みたいな若造にそんなことを言われなければならないんだ。
腹が立つが逆らうとまた逮捕だとか言われそうだ。町内会長にどうなっているのかと聞いてみると、かなり難しい問題になっているから、もっと力のある議員に運動した方がいいと言われる。
そこで有力議員の秘書なる者に会いに行った。もちろん少なからぬ付け届けをもってだ。そうしたら先生から役所に意見すると言う。ざまあみろだ。
くそ生意気なことを言っていた役所の若い者のことも伝えておいた。これで痛い目を見るだろう。
そう思っていたが、なしのつぶてだ。役所からの聴取や検査はその後も続く。もう仕事道具も職人もいないため元からまったく仕事にはならないが、まったく煩わしくて仕方ない。
町内会長に何度も聞いてみるが、毎回難しいことになっていてと話を濁されるだけだ。その間も建築の依頼主からはどうなっているんだとか、できないなら金を返せなどと迫られる。
だがそんな金もない。だいたいいまは食うに困るくらい金がなくて、しかたなく建築ギルドからもらった日雇いの仕事をしているのだ。
それで行った仕事先には上にワシの元徒弟もいて、何か憐れむような顔で見てきたり、失笑してきたり、露骨にきつい仕事を回したりして来る。
もううんざりだ。それでやっと稼いだ少ない金で酒を飲んで憂さを晴らすしかない。1日働いて1万などとなんでこんなはした金しかよこさないんだ。




