子どもたちの進路(下)
(フェリス視点に戻る)
俺はクラープ町での仕事について色々と考えを巡らせる。宅配業の方は実際に行って小さく初めて広げていくのがいいだろう。
行商の方は行く前に仕入れ先や販売できる場所を見繕っておかなければならない。
仕入れ先はマルコとも相談したようにマルコの父のマルクの実家のドナーティ商会がいいだろうかと思い、マルクに相談を持ち掛けた。
「こんにちはマルクさん。ちょっとご相談があります」
「あれ? 今日は何かい?」
「実はもう半年ほどで10歳ですが、クラープ町で行商をしようかと思っています」
「ああ、そうかあ。マルコもそろそろだから考えないといけないんだよなあ」
「それでですが、クラープ町でも買い物が不便なところがあるので、店で仕入れてそちらに行商に行くつもりです。その商品をマルクさんのご実家の方で仕入れができませんか?」
マルクは少し考えている。いつもは反応が早いのに今日は様子が違う。
「何か問題がありますか?」
「いや大したことじゃないんだ。ちょっとあるのだけれど。わかったよ、実家の方には話しておくよ」
これで一応仕入れはできそうだが、マルクの様子が気になるので聞いてみる。
「何か問題があったら些細なことでも言ってください」
マルクは少し悩んでから口を開く。
「いやな、実家のいまの店主は俺の兄なんだが、上の者にゴマをすって、下の者には横柄なところがあるんだよ。それでフェリス君が嫌な思いをしないといいのだけれど。兄の奥さんはできた人だから、何かあったらそちらに相談するといい」
ちょっと面倒なこともありそうだ。とはいえ、下の立場の者に横柄な人間は日本ではずいぶん慣れている。そんなこと慣れたくもなかったけれど。あとはこちらの社会でどううまくやっていくかを考えよう。
「あ、何かまずいことがあったら相談してくれよ」
「はい。そのときはお願いします。失敗して村に戻ってまたこちらで商売するかもしれませんから」
失敗も想定に入れているあたりは子どもらしくないが、それはそれで安心なところもあるとマルクは感心した。
その日の夜、マルクはマルコに話しかける。
「きょう、フェリス君からクラープ町での仕事と仕入れについて相談されたよ」
「僕もちょっと前に聞きました」
「それでマルコはどうする?」
マルコはフェリスより4か月ほど下なので、まだ10歳には1年弱ある。そうは言ってもそろそろ考えた方がいい。
「徒弟に入るとしたらクラープ町かクルーズン市ですよね」
「まあそうだな。だけどクラープ町はちょっとまずいことがあってな」
「伯父さんですね」
「ああ全くな。義姉さんが店主なら大賛成なんだが」
「そんなに伯父さんはひどいのですか?」
「去年徒弟が一人辞めてな。兄さんは辛抱が足りないと言っていたが、移った先ではきちんとやっているらしい。義姉さんもあの子には気の毒なことをしたと言っているし、まあ兄が悪いんだろう」
徒弟は親と親が話しあって修行にやるので、本人の希望だけで簡単にやめられるものではない。徒弟の子の親も見限るほどダメだったのかとマルコは思う。
そこでマルコの修行について、店主の甥がクラープ町の他の店で修行すれば嫌味になるし、だいいち本店の欠陥を宣伝しているようなものだ。
「ではクルーズン市ですか?」
「それも考えたんだがな、フェリス君のところに住んで、通いで本店に行ったらどうだ?」
「え? フェリスのところに?」
「彼はなかなか面白いところがある。この店だって将来お前に任せられるわけではないし、彼の商売を見て関わって、新しいことをしてみるのもいいんじゃないかと思い直したんだ」
そう、マルコにはマルケという兄がいて、やはり外で修行中である。店は兄が継ぐだろうから、マルコはどこかよそに勤め先を探すか、店を開かなくてはならない。
「それはそれで面白そうですが、商売の修行自体はしないといけないですよね」
「まあ通いなら本店に行ってもそれほどつらくはないだろう」
「フェリスと一緒に商売しても大丈夫ですか?」
「10歳やそこらで少しくらい失敗したからと言って人生が終わるほどのことはない。彼だって失敗もありうると考えているようだよ」
「そうかあ、フェリスはそんなことまで考えているのかあ。フェリスはなんというか……」
マルコは言葉が出てこない。そこにマルクは言葉をかぶせる。
「おっさんぽい」
「そう、それ!」
フェリスの知らないところで2人で盛り上がっていた。
フェリスがロレンスに話した次の日に、教会の居間ではクロがロレンスの膝の上に載っていた。
外見は子犬に見えているが、体重も行動も体感も猫のままだ。さいわい寒い季節のため重いながらも生暖かさが心地いい。
「あなたもクラープ町に行ってしまうのでしょうね」
「にゃあ」
「あなたたちがいなくなったら私はどうしましょうか?」
「にゃあ」
「代わりの子犬を飼いましょうか」
「にゃあ」
クロは人の言葉がわからないが、横には猫の守護者の神がいた。
「まったくクロ様を犬と一緒にしおって、けしからん」
神は猫が絡まない限り人間界に干渉しないことにしているため、その言葉はロレンスには聞こえないが、ロレンスは何か恐ろしい神意を感じておぞける。
たまたま近くにいたフェリスがそれを見て、犬に見えるようにしたのは神自身ではないかと1人毒づく。そこでとりなすように
「子犬を飼うのは賛成です。代わりというのではなくかけがえのない同居者として」
と落としどころを見つけた。まったくおっさんぽい。




