(親方)散々な末路(上)
ワシはクルーズンで建築の親方をしている。ちょっと前までは仕事を多数受けていた。人もたくさん使っていた。
甘えたような徒弟が多かったが、それでも何とか組を回していたのだ。それが今はまったく財産は失って、むしろ借金だらけだ。しかもワシのしたことは違法で、罰を受けるかもしれないと言うのだ。
元は小さな組をやっていた。だが大した仕事はもらえない。小さな家の修理とか、あるいは大手の組の仕事の下請けあたりだ。
もちろんさほど儲かる仕事ではなかった。来る日も来る日もくたくたになるまで働いてもいつも月末は資金繰りに追われていた。
それである時思ったのだ。やはり元請けにならなければまともな稼ぎはできないと。とはいえうちのような小さい組は仕事を取るのもなかなか難しい。
よく建物を建てているような大きな商会の担当者に接待をしてみたが、そのうちそのうちといってちっとも仕事を回してくれなかったり、
回してくれても小さな仕事ばかりでまったくうまみがない。どうやら大手の組からはもっとずっと高い接待を受けているらしい。
接待では商売にならないとなると、後は安くするしかない。大手の組の方はいろいろしがらみがあってそんなに安くはできない。
だから提示する価格を相手より安くすれば仕事は来る。ただ1割くらいではさほど魅力がない。その程度であれば大手の方が信頼があるからと言われれば、それでおしまいだ。
やはり3割くらい安くないと、すぐには飛びついてはくれない。逆に3割安くすれば、飛びついてくれるのだ。だからうちは安くした。
安くすると次から次へと仕事が来る。それでも下請けをしているよりは稼ぎになる。万々歳だ。
ところがそうしているうちにトラブルが起こってきた。見習いや中堅どころが不満を言うようになってきたのだ。
とにかくくたびれる。暇がない。余裕がないと言う。ここが踏ん張りどころではないか。これで実績を積み重ねれば組は大きくなる。
ところがそうなる前にぽろぽろと人が辞めていった。少し大きくなったとはいえ15人くらいの組だ。3人も辞めると仕事が回らなくなる。
それで仕方なく新たな徒弟を入れる。だがその徒弟もすぐに辞めてしまう。仕事を教えてもらえないとか、先が見えないとか、先輩が幸せそうでないとかそんなことを言っている。
それでも仕事は受けているので、次から次に新たな徒弟を入れる。新たな徒弟を連れてきたら小遣いをやったりしてとにかく辞めた分を繕うように新たな徒弟を入れる。
初めは保護者とじっくり話をしてなどとしていたが、もうそんなこともできなくなった。別に本人が働きたいと言っているのだからいいではないか。
新たに入った徒弟はろくに使えない。技術のいらない力仕事だけさせて、とにかく現場に慣れさせた。仕事は見て覚えるべきだ。わしらはずっとそうして来た。
どうしたらいいかなどと聞いてくる徒弟もいるが、そんなものは見て覚えるべきだ。親方や先輩の時間を盗むような真似はしてはならない。
徒弟の中にはケガをする者が出てきた。もちろんケガしたものなどろくに働きもしないのだから、給料などやれない。たいていは黙って消えていった。
中には俺のせいでケガをしたから治療代をよこせなどと横柄なことを言ってきた徒弟もいたが、すべてねじ伏せた。だいたいそいつがヘマしたから悪いのではないか。
ヘマをしなかったものは働いていると言うのに、なんで何もしない人間に金をやらなければならないのか。
だんだん苦しくなってきた。何か組の中が殺伐としている。それでも仕事は次々に来る。それを処理していかなくてはならない。
そこにあれが来たのだ。アレックスという若者だった。いやヘマして軽いケガはしたがまあまあ使えるやつだった。
それが辞めた。いつものことだ。ところがそれはいつものことで終わらなかった。
立て続けに徒弟が辞めたのだ。その上、いままで辞めた者は未払いの給料など受け取りに来なかった。それをよこせと言うのだ。さらにケガをした分の補償までよこせと言う。
わけのわからないことだ。お前が無能でケガをして組に迷惑をかけたのに、なんでワシがそんな金を払わなくてはならないのか。
さらにわけのわからないことが起こる。役所が調べに来たのだ。こちらは何も悪いことはしていないと追い返した。さらにアレックスたち元徒弟は訴えるなどと言っているらしい。
アレックスは道場の内弟子だと言うので、その道場にも言ってみるが、本人に会わせもせずに追い返された。まったく勝手に辞めて話もしないとは、どういうしつけを受けているのかわからん。
一度に徒弟が辞めたため予定より仕事が遅れてしまう。いまいる者に休んでいる奴の分も仕事しろとはっぱをかけるが、ふてくされた目で見てくるばかりだ。
そしてまたいなくなる。ますます仕事が遅れる。発注主にどう言い訳したらいいのか。




