親方に対する訴訟
旧知のアレックスがブラック労働していたので、やめさせた上に未払いの給料やケガの補償などを取り立てることにした。
アレックスはいらないと言ったが、こういうものはきっちり取っておかないとブラックの連中はブラックを続ける。痛い目にあわないとわからないのだ。
元同僚にも集まってもらい、一緒に訴訟することになった。何人かは加わらないと言う。
なんとなく前のことがあったので、また簡単に終わると思っていた。つまりクラープ町でブラックをしていた連中をクルーズンで訴えて、相手が裁判に現れずにあっけなく勝った時のことだ。それと同じなら楽だなあと思っていたら、結局は似たような結果になった。
はじめの裁判に親方は来た。しかし代言人などは伴っていない。そこでこちらのカルター代言人はどれだけの不払いがあり、どれだけケガがあって補償もせず、また保護者に無断で徒弟を使っていたかを証言をまとめたものを元に並べたてた。
親方の方はしどろもどろでまともに答えない。
裁判官「被告に聞きます。原告の主張したような不払いがありましたか?」
親方「あ? 徒弟なんか仕事覚えさせてもらっているだけでもありがたいと思え」
裁判官「いまは不払いがあったかどうかを聞いているのです」
親方「金なら払っている」
しかしよくよく聞いてみると、確かに払っていることもあるのだが、払っていないこともけっこうあるのだ。
裁判官「原告はこれだけの期間働いたと主張していますが、それは確かですか?」
親方「そんなのいちいち覚えてねえ」
裁判官「記録はないのですか?」
親方「そんなのあるわけねえだろ。毎回金払って終わりだ」
裁判官「その時の相手の受取のサインはありますか」
親方「そんなのあるわけねえだろ。これだからお高く留まっている連中は困るんだ」
万事がこの調子だ。
一回目の審理はほとんどまともに進まない。原告の元徒弟たちはうんざりしていたし、カルター代言人も裁判官も半ば呆れていた。
そして二回目についてはあっさりと進んだ。親方が来なかったのだ。一回目でずいぶんと裁判官にたしなめられて嫌になったのかもしれない。
だいたい代言人を付けずに自分で裁判に臨むのは難しい。とは言え、それは彼が使用者としてするべきことを怠った結果だ。
親方が現れず原告の元徒弟たちは戸惑っていたが、俺は結末がわかったので、安心する。裁判官が代言人や原告にいろいろと尋ねる。
その日に働いた証拠があるかどうかなどだ。親方と違いカルター代言人があらかじめきちんと答え方を教えていたので、さほど淀みなく答える。そうやって裁判は粛々と進む。
二回目の審理が終わり、帰り道にアレックスから聞かれる。
アレックス「親方が来なくなってしまってどうなるのでしょう?」
その点は大丈夫だ。でも考えたら前の裁判のときは俺も心配していたな。自信満々に言う。
フェリス「こっちの勝ちだよ」
アレックス「えっ? 何でですか?」
フェリス「民事裁判のルールで欠席したら相手の言い分を認めたことになるんだ。だからこちらの勝ち」
アレックス「へー、そうなんですか」
いちおう前のときにカルター氏から教えられて条文は見ていたが、実務を多く知っているわけでもない。内心少し不安になりながらもアレックスが感心してくれているのでそのままにしておいた。
さいわい何事もなくその後何度か手続きがあって結審し、こちらの主張がほぼ認められた。親方にも連絡が行っているはずだが、何も言ってこない。
アレックス「これで未払い分もらえるんですか?」
そうはいかないことは商売をしている人なら重々承知している。債権があったからと言って相手が払うかどうかは別問題だ。この場合は請求してた分払わないだろうから親方の財産を差し押さえないといけない。その辺も全部カルター代言人がしてくれる。
請求に対しては案の定、親方は払わなかった。あんな裁判意味がないとか、俺は聞いてないとかそんなことばかりだ。聞いてないのは彼がかってに欠席しただけに過ぎない。
カルター氏は請求の前に親方の取引先などを調べて親方が金を預けている建築ギルドなど特定してあった。
親方はこちらを完全に馬鹿にして、そんな金は払えるわけはないと居直っていた。あの余裕しゃくしゃくの顔を見ていると腹が立つが、そんな風でいられるのも今のうちだけだ。
けっきょく請求の期限が来てカルター氏は粛々と差押えする。ギルドはもちろん、親方が仕事した相手の未払金まで回収する。それで建築の仲間うちにも知れ渡ってしまう。
さらにはそれでは足りないと、親方の作業場や自宅にも執行官が立ち入って金目の物を持って行く。
さほどの金はなく満額とはいかなかったが、まずまずは回収できる。あちこちから工事を請け負っていたが、しょせん安かろう悪かろうだったのか。
あるいは発注する方も危険視して、全額前払いなどはしなかったのかもしれない。カルター氏は割引価格だがきちんと報酬は受け取る。それはそうしないといけないと思う。
もちろん執行官は既定の報酬を受け取る。あとは費用を除いて、元徒弟たちで請求分に応じて分ける。
アレックス「出るところに出れば、ちゃんと取れるものなんですね」
元徒弟「俺もあきらめていましたよ」
カルター「取るべきものは取らないと、ああいう人間が不正を続けていいと勘違いするからね。不正があったらいつでも相談してください」
元徒弟「そうします」
アレックス「本当にありがとうございました」
とりあえず一段落ついた。




