アレックスの労働債権を取りに行く
(少し時間が戻ります)
アレックスをブラックの大工の組から抜け出させた。ただ給料が未払いだったり、けがをした分の補償などを受けていない。
アレックスの方はもうあきらめますと言うが、それだとあいつらの思うつぼだ。あいつらは相手をあきらめさせて儲けている。ゆすりたかりのような真似はよくないが受け取るべきものは受け取るべきだ。
放っておくと発注主の連中が建物が完成しない違約だとか言って親方の財産を差し押さえに来るだろうから、その前にさっさと取ってしまうに限る。
ブラックの雇われ人と発注主で、ブラックを発生させたという意味では発注主の方が悪いに決まっている。それで損をすることになっても当然だ。
フェリス「あのさ、親方からまだ受け取っていない給料があるだろ。それからケガもしているだろ、その補償もあわせて取るぞ」
アレックス「いえ、親方には迷惑かけたんで、もういいです」
フェリス「あのな、お前だって散々働かされてくたびれていたし、大ケガではないにしてもケガしてただろ。もらうものはもらっておくんだ」
アレックス「だけど親方だって生活があるだろうし」
フェリス「いいか、あんな組存在しちゃいけなかったんだ。クルーズンにはまじめに建築している組がいくらだってある。あのろくでもない組がずるして安くしていたから、そういうまじめな組は仕事が取れなかったんだ。あのろくでなしの親方から取るもの取って、もう二度とあんな商売しようなんて人間が出ないようにしないといけないんだ」
まくしたてられてアレックスの方は少しきょとんとしている。
アレックス「へえー、フェリスってなんか強いんだ。道場じゃ全然ダメなのに。シンディさんが一目置くだけあるな」
そうかシンディは一目置いていたのか。いちおう商会では上役だしな。道場じゃ全然ダメが余計だが。それに俺のことはフェリスでシンディのことはシンディさんというのもむかつく。
しかしどうしてこう下のものと言うのは当然受けるべき正当なものを受けようとしないのだろう。調べたところあの親方などはけっこう飲み歩いていたようだ。
そんな扱いをされていた下の者が逆に上に立つようになったら何かヤラカシそうで怖い。何か同じことを繰り返しそうだ。ブラックの連鎖はどこかで止めないといけない。
ともかく以前にクラープ町のパラダ相手の争訟でお世話になった代言人のカルター氏に会いに行く。裁判所近くで法律事務所が多数ある閑静な一角だ。
フェリス「どうもお久しぶりです。今日はちょっと未払いの給料と労働中のケガの補償についてご相談に来ました」
カルター「お久しぶりです。シルヴェスタさん。詳しくお話を聞きましょう」
アレックスの経緯を話す。
カルター「なるほど。それは何とか取れそうですが、ただ……」
取れそうというのには一安心だが、カルターの言葉が止まり、何か不安になる。何かうまくないところがあるのか?
フェリス「ただ、なんですか?」
カルター「あ、はい。聞いたところによるとアレックス君の債権は大した金額ではない。これは場合によっては足が出ますよ」
なるほど、つまり訴訟で法律家までつかって争うと、そちらの費用がアレックスの債権を上回って損をしてしまうかもしれないと言うことだ。
ただそれであきらめるのは悔しい。あの手のブラックの連中が高をくくっているのは、訴訟沙汰が心理的に面倒なこともあるが、費用や手間の点でもいろいろ苦しいからだ。そのためにこき使われた方はあきらめて、ますますブラック側が焼け太るのだ。
フェリス「いえ、それでも争いたいと思います。足が出てもけっこうです。私の方で出します。あんなものを野放しにしてはいけない」
そういうとカルターの方は少し驚いたような顔をしてこちらを見つめる。
カルター「わかりました。これは社会正義に関わる話ですし、シルヴェスタさんにはずいぶんお世話にもなっているので、こちらが頂く費用は賠償の範囲内としましょう」
彼もブラックを野放しにしてはいけないと思っているようだ。ただ彼だけが損をするのも違うように思う。
フェリス「それはおかしな話だ。これは私が持ち込んだ話です。カルターさんだけ負担するのはおかしい」
押し問答とは言わないまでも、お互いに合意できないやり取りが続く。けっきょく賠償額を超えた分は半分ずつ負担すると言うことでわけのわからない妥結をする。
ただその場合はアレックスの方は訴訟沙汰で面倒があるが、もらえるものはない。その点だけは説明しておかないといけない。
カルター「あ、その組の件ですが、アレックス君以外に似たような事例はありませんか? まとめて扱えば一人当たりの費用は抑えられますよ」
それは何となく期待できそうだ。だいたいブラックのすることはいつも同じパターンだ。たぶんアレックスに聞けば一緒に働いていた同僚にたどり着くだろう。帰って聞いてみよう。
フェリス「わかりました。調べてみます」
そういう調子で、おおよその話はついた。帰りがけにカルターが口を開く。
カルター「しかし……」
フェリス「しかし、なんですか?」
カルター「いえ、失礼ながらシルヴェスタさんはとても10代には見えませんね」
またこれか。まあそれはそうだろう。中身はもう50年生きているのだから。ともかく1つは片付いた。




