子どもたちの進路(上)
9歳の冬、あと半年ほどで職に就くにあたり保護者のロレンスには隣のクラープ町で商売をするといった。これを実際に具体化しなければならない。
クラープ町で暮らしていくからには家賃も生活費もかかる。いちおうしばらく暮らしていけるだけの貯金はあるが、何の方策もなしに貯金が減っていくのはつらい。やはり定期的な収入は欲しい。
考えているのはずっと前にセレル村でもしていた行商と宅配だ。5つある集落と村本体の間が離れているために、行商に行ったり手紙や物を届けたりしていた。
途中で毎日の仕事になってしまいつらくなってかなりの部分を他人に任せてしまったが、こんどはきちんと商会にして、システマティックに運営したいと思う。
はじめのころはやはり自分で毎日仕事をせざるを得ないだろうが、それも仕方ない。
だいたいあの頃はシンディとマルコが一緒に遊べないと文句を言ってきたが、今度は彼らも毎日働かなくてはならないのだ。
こちらは日本ではブラック企業にさんざんやられたので働かなくて済むなら働かずにいたいのだけれど。
クラープ町にも、集落ではないがあまり店がなく買い物するのに小1時間歩かなくてはならない地域がいくつかある。
中心部で仕入れをしてそこらに定期的に行商に行けばその辺の地域の人も助かるだろうし、こちらも収入ができる。
もう一つの宅配業の方は、この社会では普通の庶民が使える郵便や宅配がなくそれを作りたい。こちらもセレル村で始めたが人に任せてしまったので、今度は商会を作って運営したい。
それから稼ぎではないが、クラープ町に行ったら魔法塾にも通いたい。村ではずいぶんとロレンスの魔法に助けてもらった。
ロレンスも魔法は教えてくれるが、回復魔法を除けばごく簡単な生活魔法ばかりだ。もっと難しい魔法はやはり専門家に習わないといけないという。
町には学校まではないが塾ならあるという。今後のためにも魔法塾には通っておきたい。
この3つが町でするつもりのことだ。
フェリスはシンディとマルコから今後の進路について聞かれた。2人もそろそろ10歳が近く気になっているようだ。
「フェリスは10歳になったらどうするの?」
「クラープ町に行って行商をする。それから宅配業も。さらに魔法塾に行くつもり」
「フェリスは徒弟には入らないのね」
「僕は徒弟に入ることになりそうだ」
俺は徒弟は向かないと思う。もう勤め人はたくさんだ。日本にいたときにもっと幸せな勤め先だったら考えも違ったのかもしれないが、あれを体験してしまうとね。
しかも村で行商をしてそれなりに稼いでいたから自分でやってみたいというのはある。行商でもふつうはじめは誰か商人に弟子入りだろうから、少し不安はある。
「俺がやっていけると思う?」
「フェリスなら大丈夫じゃない?」
「そうそう、集落での商売なんであんなにうまくいっていたもの」
それは中身がおっさんだし、こちらより複雑化した社会にいたからだろう。
「仕入れはどうしたらいいかな」
「父さんの実家が商売しているからそこに頼めばいいよ」
「じゃあマルクさんに聞いてみるか」
なんとなく仕入れも行けて、商売のめどが立ちそうな気がしてきた。
ただマルクさんに話すと正式なものになりそうだから、その前にロレンスに話しておかないといけない。教会の食堂で夕食後に切り出してみた。
「前に言った商売のことですが、クラープ町でまずは行商をしようかと思っています。それから宅配業も」
「なるほどそれはよさそうですね」
前のときもそうだったが、少し残念そうだ。10歳を前に進路を決めると言っても実際は親が決めてしまうケースが多い。ロレンスも教会学校を勧めてくれたが、向くとは思えなかった。
実子でもないのに育ててくれた恩返しは寄付でしようと思う。人には向き不向きがあるのだから。
「仕入れ先はマルクの実家にしようかと思っています」
「それが妥当でしょうね」
そのあとは魔法塾に通いたいこととか、どんな魔法がいいかなどを話していた。
(レナルド視点)シンディも進路を決めなくてはならない。父親のレナルドと進路の話となった。
「10歳からどうするつもりだ?」
「誰か騎士の従者になるつもり」
「あてはあるのか?」
「私の強さなら引く手あまたよ」
レナルドはシンディが何も考えていないことに頭を抱える。いくら強いと言っても女を従者に抱える騎士はいそうにないし、だいたい従者はコネで決まる。
とつぜん道場破りのように従者になりたいと申し込んでも追い返されるだけだ。
「あのなあ、女では従者に取ってもらえそうにないし、だいたいコネがなけりゃ無理だ」
そう言われてもシンディはちっともめげない。これは長所なのか短所なのかわからない。
「じゃあ冒険者になる」
「冒険者は12歳からだ」
「私の目指すものはことごとく潰されるわね」
誰が潰しているわけでもないし、もう少し下調べしてほしいとレナルドは思う。実はシンディはフェリスより3か月ほど生まれが早く、10歳まであと3か月ほどだ。
ただ働きに出ると言っても厳密に10歳とは限らない。季節など他の都合で多少前後することもある。シンディは後ろ倒しになりそうだ。
「クラープ町の道場の内弟子なんかどうだ?」
「え? じょーだん」
このレナルドの道場にも内弟子がいて、レナルド一家や通いの弟子などの世話をするため炊事・洗濯・掃除などを担っている。その調子だからシンディは家事などしたことがない。
「あたしがそんなのできると思う?」
どや顔で言われても困る。
「それでどうするんだ?」
「そう困ったわね。じゃあフェリスがクラープ町に行くのでついて行って仕事を手伝う」
誘導したつもりはないが、夫婦で話していた線に落ち着いたのか。
「それにしてもフェリスにも聞かないといけないし、仕事や家事をしなければならないだろう」
「まあフェリスなら断らないわね。仕事や家事も何とかなるわ」
何とかなるで、できるとは思えないのだが、今日はここまでか。シンディに家事を仕込む面倒はフェリスに押し付けることになりそうだ。
そうはいっても最低限はさせておかないと困るだろうと、レナルドは妻のシルヴィアに仕込むように頼んでおいた。
やれやれ、フェリスはオークを相手にするのとどっちが大変だろう。




