議員の口利きの予防
年下の友人のアレックスをブラックバイトから抜け出させた。するとブラックの親方が町内会長を伴って乗り込んで来た。
親方の方は弁が立たないが、会長の方は薄っぺらいことをよくしゃべる。それでも追い返したが、代議員に知り合いがいて圧力をかけることをにおわせる。
アレックスに聞くと、彼が抜けた後は多数がやはり逃げ出し、現場もまともに立ち行かないと言う。
ブラック親方の後ろ盾の町内会長が代議員を頼ると言うのはよくあるやり口なのだろう。前にいた子爵領だったら平気で通りそうだ。
いまの伯爵領は基本的にまともな統治になっているとは思うが、役人が議員に遠慮すると言うのはないわけではないと思う。
前世だってろくでもない口利きはあったし、こちらの世界でも権力者の威光は強い。
役所からダメだしされず、親方が変な自信をつけてブラックを続けたり、うちに賠償を求めたりして来ると面倒なので、役所へのねじ込みは防いでおいた方がいい。
ワクチンのようなものだ。議員が実際に口利きするのは避けられないが、それに影響されて役所が動く前に防止しておいた方がよいだろう。
そこで商務部長のアンドレアン氏に会いに行く。とは言え、忙しい人なので、基本的には事前に手紙を書いてアポイントを取った上でだ。役所の執務室に訪問する。機能的な部屋だ。
フェリス「わざわざお時間をいただきありがとうございます」
アンドレアン「確かひどい働かせ方をしている親方の陳情のことでしたね」
フェリス「はい、バックにいる町内会長が代議員に頼ると脅してきたので、ご相談に上がりました」
アンドレアン「ええ、役所は議員にはどうしても遠慮がありますね」
議員がどの程度役所を左右できるのか聞いてみたいと思う。
フェリス「そんなに議員の口利きは有効でしょうか?」
アンドレアン「ええ、残念ながらどうしても左右されてしまう部分はありますね。役所がしたい施策を議員が議会で左右できるためです」
フェリス「伯爵領では基本的にはそんなにまずい施政は行われていないと思います。前にいた子爵領はひどいものでしたが。それでも議員の付けいる先はあるのですか」
アンドレアン「役所が何かの施策をすると、どうしてもそれで得をする人と損をする人が出てきます。その点は調整しなくてはならないのですが、どこまで行っても合意ができるとは限りません」
フェリス「どんな小さな欠点でも見つけて叩くなどと言うことですか」
アンドレアン「ええ、完全に公平で真っ白というわけにはいかないので、どうしてもグレーの部分は出てきます。ところがそれを真黒だと言われると施策が滞ります」
フェリス「それで役所を脅すわけですか」
アンドレアン「はい。ええ、議員の口利きを聞かないと、嫌がらせでまったく関係のない議案にクレームを付けてきます」
フェリス「困ったものですね。でもそういう議員ばかりではないのでしょう」
アンドレアン「逆のタイプもいます。役所の応援団になってくれるのです。ただやはりそれで恩を売って口利きをしてきます」
フェリス「議員は口利きするようなのばかりですか?」
アンドレアン「いえ、必ずしもそうではありません。どうしても印象に残るのはそういう方が多いと言うことで。役所がいつも正しいわけではありません。議員の方の指摘がもっともなことも少なくありません。ただやはり無理筋のことを言ってこられる方は一定割合います」
フェリス「区別がつきにくいと」
アンドレアン「はい」
フェリス「人手と時間をかけて判断するのはやはり難しいですか」
アンドレアン「おっしゃるように、人手も時間も十分ではありません」
フェリス「ご面倒なことをお願いしてすいませんがどうかよろしくお願いします」
アンドレアン「ええ、お聞きする限りずいぶんひどい案件ですので、陳情が上がったら、すぐに現場で判断せず上に上げるように通知しておきます」
それだけしてもらえればたぶん大丈夫だろう。彼も忙しそうなので、ほどほどで切り上げることにした。
何かうんざりする話を聞かされ、家に帰ってクロをモフモフする。
ところがそこにはしっかり暇神がいるのだ。
フェリス「いいよな、お前は暇で」
神「神をお前呼ばわりする奴がおるか!」
フェリス「どうせ猫の下僕だし」
神「は、クロ様は大宇宙の高位のご存在なのだ」
フェリス「まったくお前に言われて猫の世話してやっているのに、お前は何の頼み事も聞いてくれないよな」
神「当たり前じゃ。お前さんの頼み事など聞いて何になる?」
そんなことを言うので、ブラック親方が町内会長経由で議員に口利きを頼んでいること、役所がそれに弱いこと、役所が忙しいことなどを話した。
神「ふん、人の世というのはつまらんことであふれかえっているな」
何か突き放したような言い方だが、まったくその通りだ。
そんなやり取りの中でクロは組んだ両手の上にあごを載せ薄目が開くか開かないかの眠そうな様子で、俺と神の言い争いを聞いているでもなくいないでもなく、ただ俺になでられていた。




