アレックスに聞いたその後の様子
1つ年下でまだ未成年のアレックスにブラック工事現場を辞めさせた。すると工事の組の親方とその後ろ盾らしい町内会長がクレームを付けに来た。
俺が辞めさせたために現場仕事が滞ったので補償しろという話らしい。未成年1人やめさせて仕事が滞ると言うのもどういう人の配置をしているのかと思う。
急病や引っ越しでいなくなることだってあるだろうから、それくらいの人の手当てをしておかないといけないだろうと思う。
そんなことをアレックスに話してみると、その後の事情を話してくれた。何人かの元同僚の今でも連絡を取っているとのことだ。
彼が辞めて、不満に思っていたやはり同年代くらいの子が数人辞めたそうだ。不満に思っていていつかは辞めたいと思っていたのだろう。なんとなくまねして辞めてしまった者もいる。
そうでなくても辞めたくても親方が怖くて辞められない者が踏ん切りをつけたこともあったらしい。さらには辞める者が同僚を誘ったりもしたようだ。
そんな調子でぽろぽろと辞めていく。結局安く人を使っていたので、簡単に辞めても本人はたいして困らないものばかり集まっていたようだ。
親方は金に細かく、最小限の人間で現場を回していたという。少数精鋭だとかもっともらしいことを口にするが、目の前の人を安くこき使って自分の実入りを増やしたいだけだ。
ぎりぎりで回していたところで人がいなくなれば、とうぜん仕事は遅れる。工期はどんどん遅れていく。発注主からは大丈夫なのかと問われる。
働いている者には横柄な親方も発注主にはぺこぺこしていたそうだ。だいたいその手の人間は無用な上下関係を入れたがる。人間関係の考え方が歪んでいるのだろう。
ぺこぺこしていても工期が遅れれば発注主は心配になる。その辺は親方が安請け合いしてすぐに仕上げるとか新たに人が入るとかその場限りの言い訳をする。もちろん働いている者はそんなことできるはずがないと思っている。
そうしているともともと足りない現場の人がさらに足りなくなって、だが工期が迫っているのでどんどんと仕事がきつくなる。親方も罵声を浴びせる。
さすがに親方も新しい人を採らないといけないことはわかっていたが、特に辞めた人間がブラックぶりを吹聴して募集してもなかなか新しい人が来ない。
もともと給料が安くまともな職人が相手にしないところ、徒弟になるような年齢層で悪評が広まり過ぎていた。
親方はいまいる人間に何とか知り合いを連れてこいとはっぱをかける。さらに連れてこないと罰金などと言う。
だがブラックぶりが知れ渡っているし、そもそも働いている人たちだって自信をもって友人知人に勧められるような職場ではない。もともとたいして良くなかったが、退職者続出後は、連れて来ても後で恨まれるような職場だ。
アリバイ作りに声掛けくらいはするが、断られたと言ってけっきょくほとんど誰も連れては来ない。
たまに来たとしてもほとんど仕事ができないような人だったり、まあまあまともでも初心者のためもたついたりして、ほとんど戦力にならない。
どんどん人がいなくなり、どんどん工期は遅れ、親方の罵声はどんどんひどくなり、仕事はどんどんきつくなる。
自転車のタイヤのスポークが1本折れると他のスポークに負担がかかり、2本3本と折れていくように、さらに残った者も辞めていく。
そんな調子でもう残っている者は半分ほどだと言うのだ。それでさすがに親方が罵声を浴びせても、従業員は無視したり、露骨に嫌な顔を見せたりする。
親方の方も不穏な空気を悟って、怒鳴りかけた後に口をつぐむようになったとのことだった。
もうどうしようもないなと思う。そもそもまともな働かせ方をしていればよかったまでのことだ。
アレックスが辞めたからと言って他の者が追随して辞めるような環境でなければよかった。さらに十分に人を手当てして何人か辞めても仕事が回るようにしていればよかった。
それに辞めてもまた人が採れるような職場にしておけばよかった。小狡く長い間、搾取してきたつけが一気に回ってきたにすぎない。
それでにっちもさっちも行かなくなり、面白くなくて、俺のところに苦情を言いに来たのだろう。
ただいくつか気になることはある。まずクレームに来た町内会長がバックに代議員がいると言っていたことだ。
そのままなら役所が介入して倒産まっしぐらになりそうだが、議員が介入するとどうなるかわからない。
そちらの方はつぶしておいた方がいいような気はする。さすがにいきなり領主のところに持って行く話ではないが、商務部長くらいには話しておこう。
それに辞めた者たちの給料だ。アレックスとその友人は日雇いで、それでも後払いだったそうだ。
うちの商会は経理に余裕があるから支払いがすぐでもどうということはないが、自転車操業の業者はとにかく支払いを後にしたがる。
そうすると給料をもらっていない者がいるのかもしれない。長期契約で従業員が無断でいなくなっても前世なら会社は働いた分の給料は払わなくてはならなかった。
ただこちらだとそうでもないところはある。そうは言っても日雇いでは無断退職という考え方自体が成り立たないと思う。この辺は法律の専門家に聞いた方がいい。
そんなわけで巻き込まれていろいろしなくてはならなくなった。




