ブラック親方に絡まれる
旧知のアレックスにブラックバイトを辞めさせた。保護者である道場主に隠れてしていたが、けっきょく通報する。守ってもらうためだ。
アレックスの方ははじめは恨みがましいことを言っていた。もちろん彼自身にとっては罰は受けるし、紹介してくれた先輩との関係は悪くなるし面白くないだろう。
とは言え、彼はけがをしていたり、ブラックで消耗していたりといろいろ問題は多かった。その辺はブラック経験があるだけによくわかる。
ブラックにいると目先のことばかり思い浮かんでもっと広い視野がなくなるのだ。そんな仕事辞めてしまえばいいのに、それに思い至らなくなる。
怒られたくないとか目先の目標どうしようとかそんなことばかり思い浮かぶ。どんどん自分を追い詰めていくのだ。
それに今回よくなかったのは、アレックスにとっては隠れて仕事したため後ろ暗いところがあって、何かまずいことがあっても表にしにくくなっていた。
ブラックの経営者というのは何か人を追い詰めるのが得意なところがある。
達成できそうで、集団のうちの一部が達成するくらいの目標を掲げて人を煽る。それができないのが悪いと言うばかりだ。だが実際は大半が達成できるような目標にしないと職場としては上手くないのだ。
「難しめの目標を立ててそれを達成することで」などとコンサルぶったことを言う者は多いが、中学生でも思いつくことで得意になられても困る。
それで上手く行くなら世の中成功者だらけだ。上で組織運営する者はもっと知恵がないといけない。
事情を役所の方にも聞いてみた。正直なことを言うと、役所とあまりべったりくっつくのがいいとは思わない。
役所に他の業者より余計に便宜を図ってもらうと得に見えるが、絶対に見返りを求められる。役所は動きが取りにくい場所はあるので、そこで動けとなるのだ。
そのときこちらの意を通して動かなければ、だんだん便宜が減らされたり、嫌がらせされたりする。それに耐えられればいいが、そうでないともちろん経営は悪くなる。
役所の制度外の求めに関わっているとだんだんと商会の活動が歪んでくる。自由に動けなくなるのだ。だから制度より余分に便宜を受けるのは避けている。
今回もあくまで通報した手前、後の状況を聞くまでだ。
フェリス「あの親方どうなりました」
役所担当者「ああ、ありゃひどいですね。あっちこっちで同じことやっていました」
フェリス「アレックスみたいのがたくさんいたということですか?」
担当者「ええ、年少者ばかり親に無断で使っていました。年少者を使うのはやはり言いくるめやすいのでしょう。ケガをしたり、まったくまともでない条件で働かされていた子がたくさんいまいたよ」
フェリス「それでどうなりますか?」
担当者「もうすでに内偵中ですが、いずれ捕縛して裁判にかけられるでしょうね」
それなら一安心だ。もう被害が増えることはなさそうだ。しかし伯爵領はまともな治政がなされていてきちんと悪人が糾弾されるからいい。
これがまえにいた子爵領だと危うい。もし親方が領主に献金でもしていればもちろん握りつぶされただろう。
そうして働く者はどんどん傷つけられていくし、同業者もブラックで働かせている業者には負けてこちらも労働条件を悪くせざるを得なくなる。どんどんと経済は悪くなり、人口の流出につながる。
ともかくブラック親方が潰れて一安心していたら、道端でとつぜん怒鳴りつけられた。幸いずっと護衛がついているので相手は手が出せない。
親方「やい、お前がガキどもを連れ去ったのか?」
いきなりガキ呼ばわりしてどうにも穏やかでない。
フェリス「はあ、心当たりがありませんが」
親方「あ? とぼけるのか。あの剣術道場のガキを連れ去ったのはお前だろ?」
フェリス「剣術道場の子どもというとアレックスのことですか?」
親方「ああ、それだ。うちは遊びでやっているんじゃない。ガキだって十分な戦力だ。」
フェリス「その辺のことは保護者である道場主に聞いてもらわないと」
親方「あ? てめえが唆したと聞いたぞ。こちとらそれで工事が遅れて違約金を求められているんだ。てめえが払え」
いろいろ間違いがある。唆すと言うのは違法や不道徳を人に勧めるときに使う言葉だ。こちらはそのようなことをしたつもりはない。もっともブラックから見ると正当な要求は不道徳に見えるのかもしれない。
それから多少人がいなくなったくらいで大きな計画が遅れるのは経営者や管理側の準備不足でしかない。まして子どもとなるとさらに不安定になるのは見込んでおくべきだ。
それから俺は当事者ではない。どうしても何か求めたければ、当人のアレックスなりその保護者なり役所なりに行くべきだろう。俺のところに来る理由がわからない。
フェリス「いろいろよくわからないのですが、私が何か関係するのでしょうか?」




