55. 親たちの思惑(上)
そろそろ1章終盤です。
フェリス9歳の冬、あと半年ほどで10歳になる。
この社会では10歳になるとそろそろ仕事を始める。それ以前も家業を手伝うことは多々あるのだが、遊んでいることの方が多く仕事が主ではない。
そうはいっても暇な社会なのでいい大人でも結構ぶらぶらしていて遊んでいることも少なくはないのだが。
徒弟に行き始めるのもこのころだ。それ以前だと子どもすぎて行先でも迷惑なのかもしれない。
貴族や金持ちの子などは10歳を超えても学校に行くこともあるが、庶民ではそうそうない。
なお学校は神学校か法学校か裕福な商家なら商業学校ということもありうる。
あとは魔法の才能があれば魔法学校に行く者もいる。
村に残るとなると農家だろう。そうすると開墾しなくてはならない。正直あまり割のいい仕事ではない。
フェリスたちがしていたように特産品を作ることも考えられるが、どこまでできるかわからない。
ロレンスはフェリスの好きなようにすればいいと思っているようだ。
ロレンスから見るとさいわいフェリスには商才がある。信仰の方はかなり疑わしいのだが。
以前にロレンスとフェリスで信仰について話したことがある。
「あなたは神を信じているのですか?」
「神の何を?」
「まずは神の存在をです」
「それはもちろん信じます」
だいたい横でクロをなでているのだから。
「おお! それはすばらしい」「それでは神の慈愛を」
「はい」
まあ猫には愛を注いでいるな。あれは正確には偏愛とか痛愛とでも言う方が適切だが、そんなことを説明するも面倒だ。
「よろしい、そして神の全能を」
それについては文句がいくつもある。だいたいあれはできない、これはできないばかりだった。
なにか会社でも家庭でも相手にされず、いいエサをやるときだけなついてくれる猫だけがお友達のしがない中間管理職のようなものだ。
チートだって高いだのなんだの言って渋っていたし。とはいえ、まじめに信じている司祭の手前、そうも言えず「はい」と答える。
「大変すばらしい。そして神は我々を気にかけ見守ってくださる」
横でクロをなでている老人をジト目で見るが、そんなことは関係ないとばかりに猫をあやしている。まあ気にかけて見守ってはいるな。
前世でも空気を読んで上司の言いなりになり、相手に迎合して嘘をついていたが、子どもなら純真で正直でいられると思っていた。そんなことは全くなかった。
「そうです、神は見守ってくださっているのです」
そこに「猫を」と付け加えたかったが、それはよした。
「ですから神のご意思に従い、よりよく生きるのです」
いやいや、俺ほど神の意思に従って生きている人間もいないぞ。あれの意思は猫の世話だ。司祭も王都の大司教だって、それについて俺よりはるかに下だ。
神の意思に従うのはいいとして、教会がその意思が何かを知っているとは限らないのだとつくづく痛感する。
ロレンスはそんなフェリスの様子を見て、やや寂しそうな眼をしていた。
フェリスがあまり信じていないことを悟っているのだろう。この辺は人を見る目がある。
「それで来年には10歳になりますが、今後はどうしますか」
ロレンスは孤児を立派に育てたので、もうこの後は何もしなくてよい。
そうはいっても8年も一緒に暮らしてきた子の行く末も心配である。
「このギフトを使って商売をしたいと思っています」
「そうですか、それはいい」
ロレンスはフェリスが信仰の道に行きそうにはなかったので、そういうものだと思っている。商売の方はうまくしていたので、妥当だろう。
「ただ村にいても、大きな商いはできそうにありません。クラープ町に出ようかと思います」
行商や果物の商売でそれなりには稼いだ。村ではかなり稼いでいる方だ。だがそうはいってもたかが知れている。目指しているFireとか悠々自適とか隠居とかには程遠い。
俺が村に残れば、日本にあるものをマネして村を豊かにすることができるかもしれない。
だけれどもっと広い世界も見てみたい。冒険もしてみたい。魔法学校にも行ってみたい。
ロレンスとしてもいずれは別れないといけない。だがクラープ町なら会いたいと思えばすぐに会うこともできる。
もっと大人になれば遠く離れることもあるかもしれないが、まだしばらくは近いところにいてくれるのはうれしい。
クラープ町なら学校まではないが魔法塾がある。
そんなお互いの思惑で、フェリスはクラープ町で商売をすることになりつつある。
フェリスとしてはクラープ町でくらすとなると、借家に最低3万とそれ以外に生活費に5万はかかる。もし学校に行くならそれ以外に月謝がかかる。
そうはいってもかなりの貯金があるので、初めからすぐに8万稼がなくてもよい。その点は気楽だ。
ただいつまでも仕事が軌道に乗らなければ、少しずつ減りゆく貯金に憂鬱になりそうだ。
それでも失敗したら、村に戻って仕切り直しすればいい。教会にしばらく居候させてもらうか、村の中にはタダ同然の家がある。
町にはクロもつれていくが、クロの飯は鼻の下を伸ばした神が用意しそうだ。
もし徒弟に入れば身一つで行って、向こうで全部面倒見てくれる。
だがブラック経験済の身としてはそんなのはごめんだ。第一、それではクロを連れていくことはできない。
クロと一緒にいるのはこの世界にいる前提条件でこれだけは譲ることができない。
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