アンナの決めたこと
西部旅行の後始末のついでにカンブル―に立ち寄っている。
(西)カンブルー ---- 峠 ---- グランルス ---- シャンプ ---- 峠 ---- シャルキュ ---- クルーズン(東)
ここは俺の出身のセレル村にいたアンナがワインづくりで留学している。俺があっせんした留学だ。ただ彼女は帰ることも考えている。
アンナ「早く役に立つ方法を学んで帰ってもいいかと思うの」
フェリス「まだしばらくいてもいんじゃない?」
アンナ「確かにそうなんだけど……」
フェリス「なんでそんなに早く帰りたいの?」
アンナ「帰りたいわけじゃないの。なにか帰らないといけないような気がして」
フェリス「なんだろう? そう思わせているのは」
アンナ「そうね……私は女だし、長く外にいるのを人はあまりよく思わないわ」
フェリス「まずね、男と女で特段の事情がない限りは同じに扱った方がいいと思うよ」
アンナ「ずいぶんと変わった考え方ね」
フェリス「うーん、でもそう思わない? たとえばこの留学のこととか」
アンナは狐につままれたように少し考えている。
アンナ「そんな気もするし、そうでない気もするし」
フェリス「長いことについてはさ、男がその期間いていいなら、女だっていてもいいんじゃない? そうじゃないと不公平じゃない?」
アンナ「でもあたしは女だからそんなに上に立てないだろうし」
フェリス「女の人が上に立てない理由が受けた教育が低いからなら、高い教育を受けるべきじゃない?」
アンナ「そ、そうね」
フェリス「あのさ、いまそれが広く行われていることは、それをすべきだとは直ちにはならないよ。これは考えの浅い人やそういう人たちに流されてしまう人がよくかんちがいするところだ」
少しいい方がきついか。何々であるということは何々すべきだとは違う。
アンナ「私は流されているわね」
フェリス「そうかもね。アンナの考えが浅いとは思わない」
アンナ「だけど留学が長くなれば費用も掛かるでしょう」
フェリス「それははっきり言えば、うちのふだんの支出から見ればまったく大したことはない。むしろうちの仕事を任せるのに高い技術を身に着けてくれた方がいい」
アンナ「やっぱりフェリス君はすごいのね。そんなこと考えたこともなかった」
フェリス「だけど続けるかどうかはアンナの意思次第だ。うちとしては続けてもらった方が都合がいい。はっきり言うとその通りだ。ただアンナの不都合を無視してうちの都合は押し付けられない」
そう言うと、アンナはかなり戸惑っている。しばらくして口を開く。
アンナ「少し考えさせてもらってもいい?」
フェリス「うん、十分に考えて欲しい」
アンナ「わかったわ」
アンナにはカンブル―のあちこちを案内してもらった。はじめはブドウ畑を見る。アンナはブドウ栽培の方もいろいろ習っているそうだ。それはそれでありがたい。
それからカンブル―の町を案内してもらう。観光客が足を運ばないような路地裏などにも連れて行ってもらった。変わったお店があるらしい。
さすがに若い女性一人なので飲み屋のあるようなところにはいかない。だいたい俺だって外見は子どもだからそんなところに行ってもどうにもならない。彼女自身も行っていないだろう。
こちらの方は興味があって問屋街などを見させてもらう。観光の方はモンブレビルに比べたらあまり来ないかもしれないが、商売の方はできるかもしれないからだ。
ただアンナ自身はどうもかなりまじめに学業の方に取り組んでいるようで、それほど街中に詳しいわけでもない。だいたい彼女の学校は郊外だからそれほど気軽に来れるわけでもない。
街まで出るのに半日はかかってしまう。それで彼女の学校の友人で地元出身者などに案内してもらう。
少し面白そうなものがあるので、サンプルとして購入してみて、後でマルコに聞いてみればいいかと思う。
そろそろカンブル―滞在も終わりになり、アンナにどうするかを聞いてみる。
フェリス「この前の話だけど、何か考えは進んだ?」
アンナ「まだはっきりは決めかねているけど……」
フェリス「うん、すぐに決めなくていいと思う」
アンナ「でも、もうしばらくはいたいわ」
フェリス「それはそれで君の意思ならそれでいいと思うよ」
アンナ「先のことははっきりしないけど、いまはもう少し学んでおきたいの」
学んでおきたいのも帰りたいのも彼女の中にあるのだろう。どちらが実現するかは彼女の意思や周りの状況次第だ。
ただあまりつまらない誰も責任と取らない世間のさわりや因習で決まるのはよくないことは確かだ。ゆっくり考えればいい。
俺は宿に馬車を呼んで買い込んだものの一部を積み込む。大半はギフトで持って行く。馬車もないのに大量の荷物がなくなったら疑われそうだからだ。
後は人目につかないところに行って、クルーズンまで帰ってしまう。途中の町によることも考えたが、そろそろくたびれた。
しかも商会の方では俺があまりに外に出過ぎているので、役員たちが困っている。あの子爵の問題が片付くまでの避難の意味もあるのだがそうも言っていられないらしい。
家に帰り、いつものようにクロをなでまくる。
本当はセレル村のロッコとロザリンドにも会いに行きたい。だがさすがにあの領主のいるところに行くのは危険すぎる。
ロレンスの方はときどきはクルーズンにやってくるので、会うことはできる。だがあの馬鹿領主がいなければもっと会えるはずだし、ロレンスだって大好きなクロにも会える。
実に理不尽な話だ。もちろん俺が何か法に触れるとか不道徳なことをしたと言うならそれも仕方ない。
だが違法や不道徳はむしろ子爵の方だ。世の中には権力者や威勢のいいものに逆らうことがとんでもないことだと思っている権威主義者がいる。
そう言う連中から見たら、権力者に逆らった俺が不便な目にあうのは当然なのかもしれない。
長く続きましたが、本章はここで終わりです。総集編の後に、また新章に続きます。




