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ブドウとワイン(下)

 西の集落の長がブドウの販売や加工のための施設を作ることを提案する。家は木造だと住む人間が建てることも多いが、大規模なものだと大工が建てる。

西の長は木こりや大工と懇意で、隙を見つけては何か建てさせたがるのだ。


「それはいい」


他の有力者も援護射撃に出る。他人の金ならいくらでも使える。事前にその話が出るだろうこともマルクと予想していたので、マルクがさっそく答える。


「そこまでは先立つもの(資金)がありませんで。組合を作って皆で出資して建てるなら、加わることも考えましょうし、経営が成り立つ間は家賃も払いましょう」


こういうと他人の金でなくなる。しかも経営が成り立たなくなったら空家だ。有力者たちは顔を見合わせて、すごすごとやり過ごすことにした。


村長は西の長に「出さんのか?」と聞いているが、愛想笑いを浮かべて「私の方も先立つものがなかなか……」などと言い訳していた。


面倒が一つ片付く。




「最近は何でも金・金ですな、もう少し人の心とか仕事に対する熱意はないものかと」


北西の集落の長が余計な口をさしはさむ。別に金をやり取りしていたって人の心はあるのだが、何か金なしにしたいのだろうか。


こういう時相手をつぶしてしまうとややこしくなる。くだらないと思いつつもマルクはとりなしている。


「いやまったく、人の心や仕事への熱意は大切なものです」


あんたがうまいうまいと言って飲んでいる酒も料理も金を出して買ったものだと言いたい。そういう贅沢をなくしたって医者にかかるのも薬を買うのも金はかかるのだ。


「おっしゃることはごもっともですが先立つものがないと、最近は村を出ていく若者も多い」


南の集落の長が口をさしはさむ。そこでフェリスが付け加える。


「ワインが売れるようになれば働き口もできて村にとどまってくれる人も多くなるかもしれません」


あまり非難めいた感じにならないうちに話を変えることにする。




「さてそれでワインづくりの方ですが、どなたかご興味のある方はおられませんか」


有力者たちは顔を見合わせている。儲かるかもしれないが、それなりに投資や労力も必要になりうる。


「すぐには難しいでしょうから、とりあえずクルーズン市でワインづくりの本を購入してきました。

こちらを写本して、ワインを作られる方はおられませんか」


そういっても名乗り出ない。しばらくすると東の集落の長が声をかけてくる。


「うちの娘がもしかしたらするかもしれない」

「それは大変ありがたいことです。後日、ご挨拶に伺えるでしょうか」


いちおうこれでとりあえずのめどはついた。他の有力者たちは候補が出て、このただ飯ととただ酒の会が無駄にならなかったことにほっとしているようだった。




 本題が終わり、しばらく歓談が続いたが、三々五々退出する人が出てくる。ブドウの栽培の件をくれぐれもお願いすると言って、念を押す。


それが会の一つの目的だからだ。ある程度人がいなくなり、手を付けていない料理が残っていたので、残った人で持って帰ることにする


ロレンスもマルクも持って帰っていたので、俺はシンディに持っていくことにする。シンディはかなり食べるし、それで余っても道場の門下生が食べるだろう。実際に持っていくとシンディはずいぶん喜んでいた。


「ありがとうね。おなかがすいたからちょうどいいわ」


よく食べるのにやせ型だ。かなりエネルギーを使っているのだろう。実は肉を少しよけて水で洗ってクロにやっていた。


クロの方はえり好みしつつなのでそれほどの量は食べないが、ろくに動かないからか丸々している。




 後日、東の集落の長が娘のアンナを連れてきた。まだ12歳らしいが、フェリスなど8歳だ。集落の産物を使っていろいろ加工しているらしい。


その中でワインも作りたいとのことだ。成人は15歳だが10歳から仕事を始めるし、実は日本でも未成年が醸造に関わったりしている。


写本するように言って預ける。本は高いし、他に使う人が出てくるかもしれないし、できれば写本しつつ覚えてほしい。


家に帰ったらさっそく仕込みたいという。将来に期待しつつ、アンナが出ていくのを見送った。



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