司教のおねだりから適当に逃れる
西部旅行でレオーニ氏が俺のアイディアも入れて新しいシャーベット、前世でいえばアイスクリームのようなものを作った。
これはこちらの世界では画期的なものでレオーニ氏が店を空けがちなので不満だった出資者たちをもうならせるものだった。
さてこういう新規性のあるものは都市の上流階級の間では知っておくに越したことはない。ということはその手の何か力のある人たちには知らせておかないといけない。
もちろんレオーニ氏も料理以外のいろいろな業務はダメでもその辺の機微はわかっていたようで、きちんと領主と司教にも提供したようだ。
ただどこから話が漏れたのか、俺がかなり関わっていることが司教に知られてしまったらしい。それで司教から要するにゆすられている。
司教「はて、(あの新しいシャーベットの開発に)シルヴェスタ殿がかなりの貢献をされたと伺ったのじゃが」
フェリス「いえいえ、私が考えたことはごく簡単なことで、それを形にしたのはレオーニ氏でございます」
司教「後学のために聞きたいのじゃが、敬虔なるシルヴェスタ殿はどのような貢献をされたのかな?」
敬虔なるとかよけいな修飾語がついてきた。神なんか猫の下僕としか思ってないし、この教会はその神にすら会えないと確信しているのに。どこに敬虔になる要素があるんだ。
ところで本音を言うと答えたくない。貢献が大きいと俺が主張できる部分も多くなってしかも司教が集ってくる幅も増えるからだ。
かといってあまり嘘もまずい。どこまで司教が知っているかわからないからだ。信者などそこら中にいる。出資者の中にもいるに決まっているし、西部の各町にもいたはずだ。
それがご注進に及んでいる可能性は高い。というより確実だ。レオーニ氏だってどこまでしゃべってしまったかはわからない。
何を要求しているのか聞いてからにしたいが、質問に質問で返すことになる。それがいつも悪いとは言わないが、いまは穏当でない。仕方なく嘘でない範囲で最小限で答える。
フェリス「はい、シャーベットにミルクを使ってみてはどうかということと、さらにクリームを使うことを提案しました」
司教「それは大変に素晴らしい! 大変な貢献だ。それなしにはあの素晴らしい味はできないだろう」
そこまで褒めるのも気持ちが悪い。何をたくらんでいるのだろう。とにかくこちらの攻撃パートになった。とは言え、うっかり揚げた足を取られるようなことは言ってはならない。
フェリス「お褒めに預かりありがたく存じますが、私の貢献などささやかなものです。ところでかなり御熱心ですが、何かあのシャーベットに何かお考えでもございますか?」
俺が何かできるとかレオーニ氏に何かして欲しいとかそう言う危ないことは言わないようにする。
司教「謙遜は素晴らしいことじゃが、過ぎれば間違いのもとになります。いや、あのように素晴らしいものは多くの方に広がるとよいと思いましてな。栄養価も高い」
やはりお布施を出す信者あたりに食べさせたいのか。栄養価云々は後付けだろう。司教があれを好きだと言うのが恥ずかしいのか、信者に配るのに権利をよこせと言うのを隠すためか。
しかしなんともまあ、こんなにいちいち内容を分析しながら会話しないといけないのは疲れて仕方がない。やはり用事があっても司祭とだけで話を済ませたかった。次からは部下を出すようにした方がいいかもしれない。
フェリス「いえいえ、私の貢献など小さく、作り方を知らないので、似たようなものを作ろうと思ってもじゃりじゃりと凍った牛乳しか作れないありさまでして」
それは本当だ。やはりレオーニ氏は相当な試行錯誤をして作り上げたはずだ。とは言え、材料はだいたいわかるだろうから熟練の料理人が頭を悩ませればいずれは似たようなものができるのだろう。
そう言う意味ではミルクやクリームを使ったところはブレークスルーだ。そこで新しい世界が開けた。と言ってもそれも一度知られたらある程度は誰でも再現できる。
司教「レオーニ氏の工夫は素晴らしい。ただミルクやクリームなどと言うことは常人には思いつきますまい。それが一つの転機です。あれはどうなさったのですか?」
おだててきたようだ。とはいえ簡単に乗ってはいけない。
フェリス「果物にミルクをかけたりするおやつがありますので、それにヒントを得ただけでございます」
まったくの大ウソだが、人はもっともらしい説明を好む。それでやり過ごせればいい。
司教「なるほど。あのように素晴らしいものが敬虔なる神の教え子のふとしたことからの発案になるとは、これは大変な恩恵でございます」
発案が俺ということになっている。それにそれは神のおかげだそうだ。あいつは猫と遊ぶ方法くらいしか教えてくれそうにないのだが。
ともかくこの調子だと製法を教えろとか信者の分までよこせとかそういう話になりそうで困る。適当な分だけよこしてこの話は打ち切りにしよう。
フェリス「私の貢献などごくわずかでございますが、レオーニ氏に司教様と司祭の皆様に献上するようにお願いしておきましょう」
信者の分まではさすがに無理だ。もしかしたら司祭に配る分はケチって高額の布施をした信者に配るかもしれないが、それはそれで教会の勝手だ。ところで司教の分はともかく司祭の分までレオーニ氏に払わせるわけにもいくまい。うちで持つしかないか。
司教「これはまた大変にありがたい申し出、教会を支えるわれらの糧となりましょう。神もお慶びのはずです」
糧と言うともっと麦がゆとかそう言う質素なものが思い浮かぶのだけれど、あんなぜいたく品も糧に入るのか。なお神が慶ぶのは猫を見るとか触った時くらいだ。後はどっちでもいいはずだ。
とりあえずさほど大きなものは取られずには済んだ。勝ったのか負けたのか。司教ははじめから信者の分までふんだくるつもりだったのか、それとももっと少なめでもよしのつもりだったのかはわからない。
ともかく、あとは適当に挨拶して、どれくらいの出費になるか計算しながら、教会を後にした。




