ブドウとワイン(上)
少し時間を戻して、クルーズン市にブドウを売りに行った後の話である。
商人のマルクと相談して、セレル村にも特産品を作りたいと考えた。そこでとりあえず思いついたのはブドウとワインだ。
ブドウはチートを使ったとはいえ、実際に売り物になり結構もうけることができた。なおマルクを通してクラープ町で売った分はチートなしだ。
ただそれだけだとやはり儲けは少ない。そこでワインづくりを振興したいと考えた。今でもワインは作っているが、どぶろくレベルである。
これをもっと売れるものにしたい。ブドウもワインも売ろうとすると、先行きブドウの実が足りなくなることが考えられるので、もっと木を殖やしたいと思う。
そうすると村や各集落にも依頼しなければならない。その方策を考える。
こういう時になんの産業を興そうかと有力者と話し合うのはありうるが、よけいな口を出されて面倒なこともある。
特に金を出してもらう場合が面倒だ。はっきり権限を分けておかないと、思い付きでおかしな口出しをされて失敗につながってしまうことがある。
金を出す人間に利害があればまだましなのだが、特に最悪なのが公的資金のパターンだ。
自分で出した金でもないのに余計な口をさしはさむ馬鹿がいて、もちろん何の真剣みもないので思い付きを強引に押し付けられる。
また変なルールやタイミングが決まっていることが多く、事業にあったことがしにくい。結果としてさんざん労力をかけて何の成果もあげられず、しかも金をもらったくせにと非難される。
ここで公的資金を使いやすくするべきなのではなく、そもそもない方がいい。もともと公的資金は入れなくてはならないもの以外に入れるべきでないのだ。
そういえば日本にいたころはインチキコンサルが公金がらみでずいぶんと上前を撥ねていた。官僚や大企業出身で事業には役にも立たないのによく口は回る。
コネとか非公式ルートからの情報とかそんな怪しいものが売りだ。成否に関係なく金はとるし、数年でいなくなるので全く真剣みがない。
金儲けが絡む話は利害があるものだけが金を出して権限を持つべきだろう。そんなわけで有力者に絡むにしてもフェリスとマルクの金だけですることにした。
たとえそのために大きな事業ができないとしても。これなら有力者からよけいな口をさしはさまれても、ほとんど無視することができる。
少なくともブドウの木を殖やし、できればワインづくりを振興するため、村の有力者や集落の名主たちを仔鹿亭に招いてワインをふるまう。
ワインはクルーズン市で買ってきたもので、オリだらけの村のどぶろくワインとは異なる。そもそも村のものと違い瓶に入っているのだ。
仔鹿亭には軽食などを出してもらう。客は20人くらいで、クロードとミレーユには6万と言って用意してもらう。
ただ酒やただ飯は何か下心があると気付かない人は多い。権限がある人間は特にだ。ただ飯を食える機会があったら疑った方がいいし、日本なら処分を覚悟した方がいい。
有力者は有名なワインの産地の名前を見つけてうんちくを披露している。ワインの味などそれほどわかるまいに。適当におだてて会を進める。
仔鹿亭のエミリーもお酌して回る。いい感じに皆が酔ってきたところで、マルクから世間話的に話を始める。とはいえ、事前に二人で打ち合わせはしてある。
「さて今日はご堪能いただけていますか?」
「いやいやマルクさんにはすっかりいい機会を設けてもらって」
「我々の親睦も深まりますな」
「お酒もおいしい料理もおいしい」
「皆様に楽しんでいただければ我々も会を開いたかいがありました」
「ははは、マルクさんうまい」
マルクはダジャレを言ったつもりでもなかったのだが、酒が入ってくるとこの程度でも笑えるのだろうか。
さらにマルクから本題に近づける。
「さて、ご用意したワインはいかがでしたか?」
「実にうまいですな」
「これだけのものだとお高いでしょう」
「ここらではなかなか飲めませんな」
実はフェリスがクルーズンで買ってきたもので、10本で30000ハルクほどで、それほど高くはない。
もっとも地球のように高度にブランド化されてマーケットができて投機の対象になっているわけでもないので、まずまずの値でよいものが手に入る。
「さてそこでですが、この村でもいいワインができないものかと」
ようやく本題である。さすがに子どものフェリスからでは生々しすぎる。
「それができれば結構ですなあ」
「どなたか取り組まれる方がおられるのか」
あくまで他人事である。マルクはもう少し踏み込む。
「さてそこでですが、まずブドウを増やさなければなりません」
「ブドウも売れるといいですなあ」
「そういえばフェリス君が買い集めていましたな」
まだ他人事である。実際に増やしてもらわないと困る。
「これから先10年間、うちとフェリス君とで、ブドウ1房、上物なら200ハルク、もう少し劣るものでもそれなりの値段で買うようにします。
皆様にはぜひブドウの木を殖やしていただきたいかと、またもしご必要でしたら増やすのに必要な資金もご融資します」
大変に高い値段というわけではないが、価格と引き取り保障というのは大きい。目先のことしか考えないとピンとこないが、先々まで考えるとかなり効いてくる。
木が根付かないとか実がならないリスクは相手のものだが、ブドウの値の暴落リスクはフェリスたちに行くのだ。
果樹のように植えて長い期間がかかる投資には先の見通しがないと決断しにくい。さっそく食いついてくる
「ほう、それは興味深いですな」
「それならうちもブドウの木を殖やせますな」
「どのように保障していただけますかな」
「ええ、証文を交わしても構いません。ただうちやフェリス君が倒産したらこれは無理ですが」
いちおう一歩進めることができた。
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