ミルク入りシャーベットの試作の連続
クルーズンの西側の地方の山間の町グランルスから南のモンブレビルにいる。
(西)カンブルー ---- 峠 ---- グランルス ---- シャンプ ---- 峠 ---- シャルキュ ---- クルーズン(東)
モンブレビルでは同行のレオーニ氏がシャーベットづくりに入れ込んでいる。レストランのパトロンたちに見せるために新しい味を開発しなくてはならないそうだ。
彼の作るシャーベットは十分美味しかったが、それではまだ新味がないようだ。そこで俺が前世の知識を持ってきてミルクを使ったらどうかと言ってみる。
レオーニ氏はそれに反応してミルク入りのシャーベットを作ったが、まあまあという程度のものでしかない。むしろ前の方がよかったのだ。
だが当のレオーニ氏はものすごく自信を持っている。
レオーニ「いや、これは期待できるぞ」
自分でミルクのアイディアを出していて申し訳ないが、どうかと思う。既存の方法の線で行った方が期待できそうな気がする。
フェリス「え? これがですか? ちょっとこれは出せないでしょう」
そう言ってリアナと部下の方を見るが、同意のようだ。
レオーニ「そりゃ、これはダメだよ」
何を言っているのかよくわからない。その表情が向こうに伝わったらしい。
レオーニ「いいかい、料理の試作なんて1回で上手く行くはずないんだ。世にある料理だってずいぶん微妙な条件の下でできているものは多い。とくにお菓子はそうだ。一発でその上手い条件を当てられるはずないだろ。さっきの試食で、何かよさそうなところがあったぞ」
ということはまた大量の試作になるのだろうか。もっとも彼が一流なのは、その大量の試作をしているからのようにも思う。
大量にするから手際がいいし、感覚も磨かれる。しかも大量にしているから、あたりを見つけられる。
世の中の人は彼を天才と呼んでいるが、別にたまたま幸運をつかんだのではなく、大量にトライしているから能力も上がるし当たりを手にできる。
そうは言っても、またあの大量の試作が続くのはかなりつらい気がする。もう散々付き合わされているリアナと部下の方は半ばあきらめた顔だ。
ただレオーニ氏との付き合いが長いリアナはともかく、つい最近会ったばかりの部下の子もこうなるとは、どういう影響力なのだろう。
ともかく帰らないといけない期限までもう10日くらいしかないし、再考を促してみる。
フェリス「レオーニさん、本当にこの方向でいいんですか? もう時間もあまりありませんし、今回は従来の方法を改良することを目指した方がいいんじゃないですか?」
レオーニ「君もあんなすごいことを思いつくのにつまらないことを言うね。だいたいね、私が今までどれくらい失敗したと思う? やってみたけど上手く行かないと思って捨てた方法を別の店で作られたときには本当に悔しかったよ。それが今回は上手く行きそうな予感があるんだよ。それだけでもかなり見込みはあるよ」
そう言われると確かに俺は前世の知識があるだけで、それほどチャレンジしていない。レオーニ氏のような挑戦心と実は少しでない無謀が道を切り拓くのかもしれない。
そんなわけでまた試作の連続が続くことになった。
大量に試作して、少しは試食するが、全部食べ切れないので、また子どもたちや救貧院あたりに回すことになる。
子どもA「なんか前のシャーベットの方がおいしかったよな」
子どもB「まあ、これはこれで悪くないけれど」
子どもたちの評判もいまいちだ。
1週間ほどいろいろな条件をさんざん試す。結構な費用も使っているし、そのたびにかき混ぜたりするので腕もそうとうつらい。部下の子も地獄を見てきた顔になりつつある。
実は俺の方はこの町でのツアーの準備もあって、この町の支店に出入りしているので、けっこう調理場から離れたりもしているのだ。
しかも家に帰ればクロをモフモフしている。この前はクロが近寄ってきてそれから離れるので何をしたいのかと不思議だった。
よくよく見てみると近づいて離れてを繰り返し、ある場所に連れていかれたのだった。そこには干し肉が入った棚がある。干し肉をよこせと言うところだろう。
やれやれ、気楽なもんだ。もっともリアナや部下の子から見たら、俺もずいぶん気楽なんだろう。
試作を重ねて確かに最初のものに比べてずいぶんなめらかになり上品な味になったと思う。だけど何か足りない。なんというか前世の安っぽいアイスをさらに悪くした感じなのだ。
よくないのはたぶん何か工程が足りないのだろう。安っぽいことについて考える。安いアイスと高いアイスの差は何だったか。
だんだん追い詰められて期限も迫ってきて、俺は頭を悩ませる。あれ……、高級アイスと安いアイスの違いって、なんだったっけ。それが思い出せたら……。




