90. 担当役員を増やす
西部のツアーは参加希望者がうなぎ上りになっている。とはいえ、こちらもそこまでたくさんのツアーを組むことができない。
うちのツアーは激安ツアーと違い、ある程度以上の質を保とうとしている。そうするとまず旅行者に対して添乗員の数を増やさないといけない。
行き届いたサービスをするには人が多くないとうまくないのだ。さらにそれだけでなく添乗員の教育も十分でないといけない。
つまりスタッフについても質と量が求められる。こうなるとすぐに調達することはできない。
どうにかして増やせないかと担当のアランと話し合う。
「ずいぶんツアーの応募者が増えているけれど、どうにかしてもっとツアーを増やせないかな?」
「すぐには難しいですね。現在もいっぱいいっぱいで」
「どこが特に足りない?」
「いや、もうスタッフも宿も食堂も馬車も全部足りません」
「スタッフは増やせないの?」
「ええ、いちばん足りないのが計画を立てたり全体を見て調整する役で、これはすぐには養成できません」
そりゃまあその通りだ。そう言う管理職は一朝一夕に育つはずがない。
前世で就職氷河期を作り出した経営者たちが中堅どころがいないなどと言っていたが、種まかないで収穫を期待するような妄言だ。
「もう一人担当役員増やしたら、従業員教育なんか充実させられる?」
「ええ、まあ増やしてもらえたらありがたいですが、それでもすぐにスタッフを増やすのは難しいですよ」
それもその通りだと思う。ただそれでも1年後などだとかなりの差になるとは思うのだ。
「じゃあ、カミロを考えているけどいい?」
「来てくれるならありがたいですが、そんなにスタッフ増やして大丈夫ですか? いつかこのツアーの人気がなくなったりしませんか?」
それもその通りだ。ただその時はまた別の地域に振り分けてもいいとは思う。いまは俺にとってはテロの発信地でしかない東部だってあの子爵が片付けば新たに開拓できる。
まだまだ増やせるとは思う。もちろん旅行自体がうまくなくなったら、そういう投資も損になる。それでもうちの商会自体はまだ大きくなれると思う。
しかもうちはスタッフに読み書きなど汎用的な教育をするので、そういう点では希望次第で他の職種に移しても活躍できる余地はある。
それにもう一つ気になることがある。アランの仕事が少しブラック気味になっている気がする。
一人で回して上手く行っているように見えて、アランがとつぜん病気かなにかでいなくなったときに回らなくなる気がするのだ。
さすがにそれでは困る。人が一人いなくなっただけで組織がうまく動かなくなるなどあってはならない。やはりうまく動いているうちに組織を変えておいた方がいい。
そういうわけでマルコや他の役員たちとも話す。
「西部のツアーがかなり活況だし、アランにも負担がかかっている。カミロにも携わってもらおうかと思うけれど、どうかな?」
「カミロはいまこっちの流通の件でかかりっきりで」
「それってどれくらいかかる」
「数か月はかかりそうかと」
やっぱり早めに聞いておいてよかった。実際に喫緊で必要になってから異動しようとしたらまずいことになっていた。
「そちらの方の業務を少し軽くして、ツアーの方を少し見てもらうことはできない?」
「ええ、だいたいめどは立ってきたので少しはそっちに関われますよ」
カミロがそう言う。それなら助かる。ただカミロにもあまり頑張ってもらっては困る。どういう意味かというと、いまの仕事を減らさずに新しい仕事をされても困るのだ。
いまの仕事はきちんと減らして、それでツアーの方に携わって欲しい。今の業務の方だって彼が抜けるとうまく運営できなくなるのは勘弁してほしい。
「それなら助かる。それでカミロが抜けた分の人の手当ての方は大丈夫?」
「それはいまから考えます」
「くれぐれも言っておくけど、ちゃんと人の手当てをしないとダメだよ」
どうもうちの役員たちはワーカホリックのところがある。業績が伸びている企業というのはそういうものなのかもしれないけれど。ただブラックだった過去を思い出すとそれはいいことだとは思えない。
「ちゃんと考えておきますよ」
何か言い方が軽い。どうもなあなあにされそうな気がする。
「じゃあ今週はツアーの方は関わらなくていいから来週には具体策を報告してくれ」
「いや大丈夫ですよ」
「この前、俺が拉致されたことがあっただろ。あんな風に人が突然いなくなることだってあるんだ。
もちろんカミロがうちで活躍してくれていることはわかっている。だけどカミロがいなくなったら部署が動かなくなるようだと困るんだ。もしそうなってもちゃんと後を継げる人を作っておいてくれ」
そう言うとカミロの方も少し深刻な顔になる。
「わかりました。また報告します」
こんどはちゃんと考えてくれそうな気もする。




