ツアー、いきなりトラブル
長い間準備していた西部のツアーが始まった。俺も添乗したかったが、商会を長く空けることを役員が許してくれなかった。
せっかく転生してブラックから逃れられたと思ったのにそうもいかない。
「あー、なんでこうブラックなんだ?」
「ブラックって何?」
「仕事がきつくて逃れられないことだよ」
「えー、フェリスの仕事がきついって……」
「だっていつも半日も働いてないですよね」
「いつの間にか部屋からいなくなっているし」
「戻ってみたらクロの毛がついていたりするし」
「お昼ご飯も2時間くらいかけていたわね」
「お昼の後もクロの毛がついていたかも」
どこまでクロの毛にこだわるんだ?
ただ確かにブラックなんて言ったたら前世のブラックで働く人から怒られそうだ。
勤務時間は1日に3~4時間だったりする。それもたまに休んだりする。
「だけどさ、他の皆にもブラックは強要してないだろ」
「まあ、みんなフェリスよりは働くけど、よそよりは楽かもね」
「お手当も結構いいし」
「まあ、あんま辞める人は多くないな」
「仕事も人のためになっていますしね」
商会はわりと上手く行っていると思う。きちんと世の中に良いものを提供している。これがどこかに無理を強いるようなものであればたとえ儲けていても続けるべきでない。
勤務が楽だったとしても権力者と結びついてとか制度を悪用して他人の利益を掠めるようなのはいいとは思わない。
いまは決してそんなことはない。それどころか子爵領ではろくでもない権力者に睨まれてひどい目にあったくらいだ。
それに経営者でブラックというのもおかしな話だ。無理やり取締役にさせられたならともかく、一番上の主人だ。
それでも世の中はままならないようだ。もちろん何でもかんでも自分の思い通りに行くはずもない。仕方ないことだ。
とはいえ、自分がままならないことを理由に下にブラックを強いる経営者もいたから、あまり経営者のその種の言を信じても仕方ない。
とりあえずはおとなしく通常の決裁の仕事などをして、ツアー組がシャンプに到着するのを待つ。
(西)カンブルー ---- 峠 ---- グランルス ---- シャンプ ---- 峠 ---- シャルキュ ---- クルーズン(東)
シャンプに到着する時分になってさすがに商会の方は不在にすることにした。
俺がいなくても商会は回るようにはしてある。だからと言ってずっといなくていいかというと、そうではないことは確かだ。
ずっといないならそれを予定して人の配置を組まなくてはならないが、今はそうなっていない。
ギフトのホールでシャンプのうちの商会の家に移動する。もちろんいつものようにクロの前を経由する。
現地のシャンプで行ってみると1回目だからなのかアランたちの誘導もいろいろもたもたしたところはある。それはなんだってはじめは仕方ない。
ただ客の方もおとなしくて、わりと協力的だ。こういうのはありがたい。変な客がいて、それに周りが影響され出すと途端に雰囲気が悪くなる。とりあえず今回はそう言うこともない。
アランを上につけたのもよさそうだ。ちょっと何か外れてもうまくごまかしてコントロールしている気がする。
ジラルドのまじめさでやったら中の人相手ならいいけど客はちょっと疲れそうだし、カミロの美貌と超越した様子は女性客はいいかもしれないが男だと受けそうにない。その点はアランが一番向いていそうだ。
ちょっとヒヤッとしたことがあった。アランが悪いわけではなく、頼んでいた食堂で材料が足りず20人のところ15人分しかないというのだ。
あまり深く考えていなかったらしい。人数も伝えてあったのだが、そんなにいっせいに来ると思わなかったそうだ。うちのグループがやってきて店主がアランに用意しきれないと言っている。
「ちょっとそれだけの注文だと材料がなくて……」
「だって、事前に20人来ると伝えてありましたよね。さすがに困りますよ」
「そう言われましても20人いっせいに来るなんて初めてなもんで」
そう言われると仕方ない気もする。
「とりあえず予定以外の料理でもいいから作ってほしい」
「はい、そうします」
「それで足りますか?」
「いやちょっとそれでもおなか一杯召し上がっていただくほどの量はないかと」
アランの方は客への対応で手いっぱいだ。
「わかりました。よそから食べ物を調達してきます。だけどここで食べさせてもらいますから」
「はい。それはもちろんお断りするはずもありません」
さすがに店主のミスなのでしおらしい。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言うわけでアランにもその旨伝えて、別についていたスタッフと一緒に外に出る。
町内のお菓子屋さんに行って少し腹持ちのしそうなお菓子を買い込む。余っても宿に持ち帰ってもらえばいいからと多めに買って行く。
食堂に戻るとまだ食事は終わっていなかった。とりあえずセーフだ。アランを呼んで話す。
「腹持ちのしそうなお菓子を調達してきたから、これをはじめから予定されていたように出してくれ」
「どうもお手数をおかけします」
「俺もスタッフの1人だから」
「じゃあ、配ってきます」
アランはスタッフと店主と一緒にとお菓子をツアー客に配って説明する。
「こちらはこの町の名物のお菓子です。おなか一杯になる前に食べていただきたいとご用意しました」
それで何とか間が持った。やはり初めてのことは上手く行かないことも多い。人が余計にいた方がいいし、権限のある者もいた方がいい。
ともかく食堂の店主には今後は頼んだ人数分は確実にこちらから支払いはするので、間違いなく用意するように念を押しておいた。




