65. 事情聴取の終わり
子爵に拉致され、財産献上の書類にサインさせられた。その後に逃げ帰ってきて、伯爵に保護を求め、王府に介入してもらうことにした。
介入の名目は別件の子爵と伯爵や司教との財産争いであるが、俺の拉致の件も実は陰で含まれている。
王府の役人が来て事情聴取される。そこで俺が逃げられたことが問題となる。ふつうは逃げられそうにない。実はギフトがあったから逃げられたのだ。
それを話すわけにはいかないので、牢番であるヤクザ者を買収したためとする。まったくの嘘というわけではない。
だが役人たちはヤクザ者だけで牢番をしていたことが信じられないようだ。実は俺は今回の事件は子爵と手ごまのヤクザ者とだけで起こしたと踏んでいる。
つまり子爵領府は関わっていない。その傍証になりそうな例の書類を子爵配下のウドフィが持ってきていて、それを役人たちがいま見ている。
「これは……」
「こことこことこことここと」
「いやここもちょっと……」
役人たちがどうも欠点を指摘しているらしい。ウドフィはふんぞり返ってその様子を見ている。
小太りの下役の方が細かくメモを取る。
「どうだ。間違いなく献上するとあるだろ」
ウドフィが偉ぶって話しかける。彼らが子爵の横暴を調査するための王府からの派遣であることは、ウドフィには知らせていない
単に財産献上のための証人ということになっているので、彼らも話を合わせる。
「確かに拝見いたしました」
「参考にさせていただきます」
「早くいたせよ。ワシも忙しい身でな」
よく言うと思う。仕事ができずに役所から持て余されて、いまも遠く離れた地でぶらぶらしているだけだ。
クラープ町の役場でまともに仕事をしていたスミス氏などウドフィが煩わしくて仕方なかったようだ。
一通りの書類の見分がすみ、ウドフィとは別れてまた王府の2人と話をした。
「いかがでしょうか?」
「確かに不審な書類だな」
「署名、形式、住所、ありとあらゆる点が間違いです。現物を入手して新人研修用の間違い探しにしたいくらいです」
部下の方は散々な物言いだ。
「あのウドフィと申す者は本当に子爵領府の役人なのか?」
「万一首になっていなければ、それは間違いないかと思います。私がクラープ町で商売していたときも役人としてきましたし、間違いなく役場の人間である者とも一緒に来ましたし、役場でも何度も話しました」
「うーむ。あれが役所で何かの仕事をしているとは思えない」
「確かにあれがまともに仕事している姿は想像できませんね」
「子爵領府の役所の中でも無能で仕事ができず鼻つまみだったとは思います。ただどこの組織にも無能な方はいるかと存じますが」
それは絶対にいるのだ。全員が有能ということはあり得ない。中には有能そうに見せかけて無能というのもいる。ただ無能が上に行く組織はやはり問題と言える。
「それにしてもだな、あの書類を子爵殿も見たのだろう?」
「はい、確かに私に拷問をかけてあの書類を突き付け署名を迫りました」
「ということは子爵殿もあの書類を了解しているということか」
「まともに為政ができているとは思えませんね」
そう言うトップだっていくらでもいる。前世のブラック企業の社長だってひどいものだった。政治家もずいぶんひどかった。この社会だっていないはずはない。
「そもそもなんでお主は子爵殿と対立したのだ?」
「私が子爵と対立した発端は、私が行商で儲けているのを子爵子飼いの商人が不快に思ったからです。商人たちは子爵の威光を借りて私の商売を無理やり買収しました。
ところがその商人たちが失敗して私に責任をなすりつけようとしてそれも失敗し、彼らは倒産しました。これについて子爵は逆恨みしております。家宰殿は上司のやり口にかなり苦り切っていました」
「うーむ。向こうの言い分も聞いてみないとわからないが無茶苦茶だな」
「いまだにそんな領主が存在していたのですね」
「証言でしたらクラープ町でもいくらでも聞けるはずです」
「それはわかった。ただまだよくわからないことがある。子爵殿はヤクザ者に拉致させて領府は関わっていないという。だがいま来ているのは子爵領府のウドフィだ。これはどういうことなのだ?」
「領府の中のことはよくわかりません。ただウドフィと家宰殿がはっきり対立した場面は知っています。今回の伯爵殿と子爵の財産争いについてです。
ウドフィは伯爵殿や司教殿のものであっても株式を取り上げるよう主張しましたが、家宰殿はそんなことは無理だと否定しました。
そのウドフィが来ているということで、通常の領政ではないように思います」
かなり意外だったのか二人は口をぽかんと開けている。
「そ、その取り上げると言ったのは確かなのか?」
「はい、伯爵領府のアンドレアン商務部長と司教座付き司祭に対して言いましたので、彼らに聞いていただければ確認できます」
2人は唖然としている。
「これは思ったより複雑だな」
「ええ、向こうの家宰にも連絡を取った方がよさそうですね」
そのような形で事情聴取は終わりになった。




