王府からの反応を待つ
子爵に拉致され命からがら戻ってきてクルーズン伯爵に訴え出た。拉致は十分ひどい事実だが証拠がないため、なかなか問題にすることができない。
そこで別の子爵と伯爵の財産争いについて王府に訴え出ることになった。しかし王府のある王都も出先機関のある商都も近くはない。訴えの受理だけでも時間がかかりそうだ。
その間、伯爵領府が重点的に警備してくれる点はありがたいのだが、それでも子爵の手下が襲ってくる不安はある。
殺されかけただけにどうしても心からの安心はできない。商会に行くときは馬車で行くようにして、街中を出歩かないことにした。
それだけだと息が詰まるので、子爵が手を出せそうにない、今まであまり行ったことのない西側の方に足を延ばしてみた。
ただ西側は山がちで街も小さい。名物の食べ物など見るが、だいたい長持ちするものはあまりおいしくなくて、おいしいものはあまり長持ちしない。
これだとクルーズンに持って行くことは難しそうだ。別にずっと商売していないといけないわけでもない。余暇を楽しむとか見聞を広めたと思えばいい。
いや見聞を広めたというのも何か年がら年中役に立つことをしていないといけないと思っていそうだ。楽しく遊べたでいいと思う。
どうもこちらの世界は町と町でずいぶん雰囲気が違う。テレビもマスメディアもないから情報の伝達が遅い。道具も職人が作るからある意味まちまちだ。
そんなわけでちょっと離れた町に来るとエキゾチックな感じがする。この辺は前世で海外に行っても似たようなものがあったのとはずいぶん違う。
ともかくそんな感じで、いちおう商会に出て仕事していることもあれば、西の方の町に出歩いていることもあった。
そうしているうちに領府から連絡がある。あれからひと月はたっていないから王府からは連絡はまだ来ていないと思う。どういうことかと伯爵領府の政庁に行ってみる。
行ってみると、家宰の部下の人から事情を聴かされる。なんでも子爵ははじめから王府に睨まれていたようだ。そこで商都にある王府の出先機関の方でとりあえず着手することになったとのことだった。
「子爵殿は他でもずいぶんやらかしていたようで、向こうでもずいぶん興味を持たれていました」
そうか。やはり恨みに思っていた人が多かったのだろう。だいたい領民が多数流出するなど、まともな領政ではない。
一つ一つはわずかなことで領民相手ならごまかすことができても、積もり積もるとそうもいかなくなる。
王府のようなお上の権威に頼ってろくでもない領主を倒してもらうのがいいかという問題はあると思う。
そのお上は今のところはマシなようだがいつまでもマシかどうかはわからない。だけどいまとりあえず目先の生活をよくすることも重要だ。
目先のことばかり考えているともっと先の生活がひどくなるのもよくあることだけれど、身の安全がからむとあまり悠長なことも言っていられない。
けっきょくお上にすがるのがいいか、正攻法で対処するのがいいか、どちらが正しいとも言いにくく、どちらもする人がいて、だんだん見極めていくしかないのかもしれない。
それにしてもあまりにろくでもない者は迅速に排除した方がいい。とりあえず今ろくでもないのは子爵だ。あれを何としても排除しないといけない。
排除しないと俺の生命の危険さえあるのだ。前回時点で危険だったが、いまはさらに逆恨みを募らせている可能性が高い。
「なうほど、それでこんなに迅速に事が運んだわけですか」
「ええ、ふつうは貴族案件だと王都まで行かないと話が進まないものですが、今回は商都の出先機関で処理されるとのことです。すでに王都からそうせよとの指令が出ているものと思われます」
もうすでにやらかしていて睨まれていたわけだ。
「なるほど。それで私は何をすればよいのでしょうか」
「王府の役人が来たら詳しい証言をしてください。例の件もお願いします」
例の件というのは、すでに騎士団に話してあったのだが、実は逃げる前に仕込みをしていたのだ。牢の中の寝台、と言ってもベンチのようなものがあった。
その木の板の裏に金属のスプーンを使ってちょっとした印と年月を彫りこんだ。つまりそれが俺が監禁されていた証拠だ。
あの場所がどこかはわからないが、大方は子爵自身の私邸の一部だろう。たぶん公的な牢などは使ってないと思われる。
その私邸の牢を調べてその印が見つかれば、子爵が俺を監禁していた証拠となる。
王府が子爵領を調査するのはいろいろな思惑があるはずだ。いちおう名目としては伯爵領や司教座との財産争いの解決だ。
そうなると表の政庁や役所を調べることになる。ただそちらから証拠が挙がるとは限らない。
むしろあの家宰が采配すればその部分は隠してしまえる。ただ財産争いの証拠探しはしょせん調査に入るための名目である。
実際に王府が探したいのはなんでもいいから子爵を糾弾できる証拠だろう。
そうなるとやはり俺の監禁の証拠を見つける方が容易だ。そしてそれはおそらく政庁や役所など公的なスペースにはない。
子爵自身の私的なスペースにあるのだろう。憶測になるかもしれないが、その辺のことも伝えた方がよさそうだ。
ともかく俺の平和な生活のためだ。脅威は何としても排除しようと思う。




