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60. アンドレアン氏とウドフィの合意文書

 クルーズン領府の商務部長のアンドレアン氏がでっち上げの書類で俺の商会から献上と称して財産を奪おうとしている子爵領のウドフィを呼び出して話をしている。


俺は司教座付き司祭と一緒に付属の部屋から覗いている。アンドレアン氏は書類が正当なら献上も差し支えないと伝える。もちろん書類が正当だとはつゆの先ほども思っていない。


しかし阿呆のウドフィの方は献上が認められたと思って安心しているようだ。


「あのシルヴェスタというものはちょろちょろと動き回って善良な商人からかすめ取っていたが、けっきょく公のために財産を献上することになったな」


善良な商人とは聞いてあきれる。領主という権力と組んで、働く者からも客からも同業者からも不当な金をせしめて儲けていたに過ぎない。


ウドフィが彼らを善良だと思うのは、その掠めた金の一部を彼の親分である領主に渡していたからだ。時代劇に出てくる悪徳商人みたいなものだ。


俺がちょろちょろと動くと言うが、前世由来のいろいろな制度やシステムを持ってきて人々の生活を豊かにしていると思っている。しかも儲けを全部せしめるような真似はしていない。



 しかしなんでこうウドフィは横暴なんだろう。伯爵領と子爵領の力の差を差し置いたとしても、商務部長のアンドレアン氏の方がウドフィより格上だ。


それにもかかわらずアンドレアン氏があくまでも丁寧な物言いなのに、ウドフィは何か命令でもするような口ぶりだ。中身がないから虚勢を張るのだろう。



 そこでアンドレアン氏はまるで本題ではないかのように例の話を持ち出す。つまり懸案になっている俺から伯爵や司教に譲渡した株式の帰属に関する問題だ。


ウドフィは株主総会のときに子爵が押収すると言ったが、伯爵や司教はもちろんそんなことは認められない。


もののわかった子爵領の家宰がその場は何とかことを収めたが、どうやら子爵は納得していないようだ。


「ときに先日の株主総会で株式は子爵殿のものだとおっしゃっておられましたが、その後はどうなりました?」

「どうもこうもない。家宰殿がどういったか知らぬが、御館様は認めていない。伯爵のものだと思ったら大間違いだぞ」


「あの株式については司教様の分もあったかと存じますが、そちらの方はどうなりますか?」

「そっちも同じだ」


一緒にいる司祭が色をなす。さすがに声を出すわけにはいかないので、静まるように促す。


しかしウドフィも愚かだ。そこは知らない、責任のある回答ができないと言っておけばよかったのだ。


あるいは口頭だから何を言ってもいいと思っているのかもしれない。こんな者、外に出してはいけない人間の典型と言える。




 アンドレアン氏は話の最後に合意文書を作成するようにウドフィに伝える。これは初めから相談済みのことだ。

「さて、それでは今回の会談の結果を文書にしたいと存じます」


ウドフィは少し戸惑っているようだ。


それに構わずアンドレアン氏は部下に指示して、先ほど話した内容を文書化させた。


俺の商会の財産の献上問題について書類が正当ならクルーズン領府は認める旨と、子爵領は株式の押収を正当と考えている旨が書かれており、それを読み上げる。


後者についてクルーズン領府は何も見解は示していない。一見するとクルーズン領府は一方的に子爵領の主張を認めているように見える。


だが実際は献上の文書など不当だと考えているし、株式の押収も子爵がかってに正当と思っているだけだ。つまり財産の帰属については無内容の文書でしかない。


「実務者級の合意としてこちらの文書にしたいと存じます」


そこでウドフィがおじけづく。自分の名前が入るので何か責任が発生すると思ったようだ。


「これで当領の財産の帰属が決まるのですか?」

恐れているのか、少し言葉がましになった。


しかしまさか代表者でもない者の合意で財産の帰属が決まるはずもない。別に彼は委任状を持っているわけでもないのだ。


「この文書については領の代表権を持った者の署名もなく、また委任状もありませんので、これだけでこの内容が有効になることはありません。あくまでその上で話し合うためのたたき台としての実務者級の現状見解です」


そう言われるとウドフィは安心したようだ。あくまで自分に責任が発生せず、しかも一方的に子爵領にとって有利な内容だからだろう。


大喜びで署名する運びとなった。ところがウドフィの地位があいまいだ。仕方なく子爵領の商務を司る者という怪しげな肩書での署名となる。


文書は同じものを2通作ってお互いに両者に署名し合って、それぞれが文書を保存することになった。



 ところでこの文書は代表が関わっておらず、財産の帰属には何らの効力もない。


しかし子爵の意を受けた商務を司る者の見解として、伯爵と司教が所有権を主張している株式について、子爵領として子爵のものだと主張している。


ウドフィの馬鹿は立派に主張してやったと意気を上げているが、実際は王府の介入の糸口を作ったに過ぎない。


アンドレアン氏も地位が高いにもかかわらず丁寧な口ぶりだが、実際にすることは恐ろしい。不当な者相手だけだといいのだけれど。

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