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保険(上)

 冒険者は危険が多い。もちろんけがをする者や死者も出る。それらはぜんぶ冒険者個人の負担になるが悲惨だ。


その理不尽を解消するため冒険者ギルドに保険を導入したことがある。その時の経緯を思い出してみる。



 村に来ていたスコットと話していた時のことだ。


「師匠はダンジョン攻略はしないの?」

「昔はしていたさ」

「もうしないの?」

「ほら大けがしてからな。この左手、1年くらいは動かすのも大変だったんだ。

今はずいぶんよくなったんだが、かみさんも子どももいるし、もう危険なのはやめておくよ」


レナルドから聞いた通りの話だ。


「大けがのあとはどうしていたの?」


冒険者をするからには大けがもありうることに気づく。その時は生活できるのだろうか。


「しばらくまともに動けなかったし、いくらかあった貯金も使い果たしたが、仲間が助けてくれてな。楽な仕事回してくれたり、出世払いでいいからと金を貸してくれたりしたよ。いまは全部返すこともできた」


スコットはいい仲間を持ったんだな。だけど昔の俺みたいにそんな人がいなかったらどうすりゃいいんだろう。


「大けがして助けてくれる仲間や家族がいない冒険者はどうなるの?」

「借金奴隷になるか、体が悪ければ救貧院行きかな」


けがをしても自己責任か。それはいくらなんでもひどいよな。仕事中に事故に遭った時に保障する労災はあるべきだよな。


日本なら会社が未加入でも労災はもらえるはずだ。ここでも生活保障までは無理かもしれないけど、せめて体を治すくらいの金はもらえてもいいはずだ。


「みんなであらかじめお金を出し合って、けがをした人に、治療費や生活費を渡したらどうかな?」


スコットは思いもしない提案に考え込む。もちろん事後の助け合いとしてそういうことはいくらでもされていた。ただ気に入った相手だけである。


事前にお金を出しておいて、気に食わない相手でも出そうというのは発想になかった。


「それはいいかもな。ただ生活費までだすとなると、わざとけがするのも出てくるかもしれないな。食えない冒険者というのもいるから」


モラルハザードの問題か。もらえる生活費がすくなければ、ほとんどありそうにないけれど。そういうことも出てくるのか。


「でも、生活費を出すまではできなくても、けがを治すくらいはあった方がいい」


本当は生活保障だってあった方がいいのだが、それが理解されないならまずはけがの治療だけでも保障した方がいい。


「フェリスは面白いこと考えるな」


保険自体の考え方は地球でも古くからある。偶然の事故で人生がかわってしまうことがありうること、それを何とかコントロールしようとすれば保険に行きつく。


初めは単なる助け合いで済ませるだろうが、社会が大きくなるとそれだけではうまくいかなくなる。


たぶんこの社会にも保険はあると思う。それを洗練させればいいだけだ。


「だってそうだよね。けがが治らなければ冒険をやめる人も出てくるだろうし、治らない間は冒険も働くこともできないから、世の中の損だよ」


実際にスコットは完全にではないにしても一部というより大部分の冒険をやめてしまっているのだ。


「なるほど。確かに治療費は出した方がいいかも。わざとけがして治療費だけもらっても本人は得しないわけだし」

「剣術道場じゃけがだらけだから、助かる人も多いかもね」


マルコとシンディが横から口をはさむ。スコットは少し考えこむようにしている。


「わかった。何かできないかもう一度考えてみて、こんどギルドの本部のメンバーたちとも話してみる」




 冒険者ギルドは国内の各地にあるが、どれも独立しているという。ただその上に上部団体があるとのことだ。スコットが所属しているのはクルーズン市のギルドである。


このクラープ町にはギルドを作るほどの需要はなく、スコットが支部長となり奥さんに事務を任せて、ギルドからそれぞれ報酬をもらっているという。家族でしているあたりかつての特定郵便局みたいなものか。





 数か月後にスコットから話しかけられた。


「フェリスの言っていた保険な。とりあえず任意で始めることになったぞ」

「あ、そうなんだ。それはギルドで?」

「ああ、ギルドでだ。冒険者が1日当たりいくらかを払って、けがをすればその100倍までの治療費はギルドが持つことになった」


掛け金は冒険者が払うのか。本当は強制で使用者が払うようにしたかったのだが。まあそれはとりあえずは仕方ない。


ところで100倍というのはいかにも適当に決めた数字だ。


「全員強制にはしないの?」

「そちらは時期尚早ということだった。もちろん任意の保険で価値が認められればそういうことも将来ありうるだろう」


日本で労働災害を保障するための労災保険は強制加入だし、自動車事故の相手への賠償のための自賠責保険も強制加入だ。


だがさらに多くの人は任意保険を掛ける。両者は両立しうるし、労災や自賠責の歴史は知らないがたぶん後からできたのだろう。


もともと考えていたのは労災保険だが、実際できたものは損害保険に近い。




「冒険者ギルドが保険を営むのではなくて商人が保険業をすることだってありうるよな」


そういうと、マルコが考えはじめる。

「そうか、そういう考え方もあるのか。冒険者ギルドでするなら最低限のものしかできないかもしれないが、商人ならいろいろな保険が作られるかもしれないな」

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