55. 拉致についての善後策
俺は子爵に拉致され、商会は献上と称して身代金を要求された。俺がいない間、商会がどうなっていたかを聞いている。身代金の件ではシンディがずいぶん活躍したようだ。
身代金同然の金を要求され、役員たちは右往左往していた。シンディだけが身代金を払えばむしろ俺が危ないと主張したそうだ。
そして騎士団への通告を決めたのだとか。ふだんから騎士団に憧れているだけある。
払っていて俺が助かったとしても取り返すのがなかなか苦労したはずだ。
「それだけじゃないんだよ。商会の運営の方だって、いつもフェリスがしていたから、みんな右往左往しちゃって」
「それでどうしたの?」
「シンディがね、マルコに店主の代わりをやれって言うんだ。一番商会のことをわかっているからって。少しくらい何かしたって商会はびくともしないから思い切ってしなさいって。それに店員たちにもマルコに従いなさいって」
商会にいちばん古くからいるのはシンディだが、さすがに自分には向かないとわかっていたらしい。
それでもきちんと決断して、代理を立てて、さらに仕事をしやすくしたのは素晴らしい。
だいたい本来は俺自身が俺がいないときのことを決めておくべきだった。
さすがに拉致は予想外だが、突然病気して動けなくなることだってないわけではないのだ。今回は完全にシンディに助けられた。
これを機に代理の順番を決める。まずはマルコ、それからアーデルベルト、次にジラルドにする。
アランの方が古株だが、あまり向いているようには思えない。
本人も「そんな肩の凝りそうなのは嫌ですね」などと言っている。だいたいまだ売れない歌を歌っているのだ。
あとは商会の運営について聞いたが、おおむね順調のようだ。特に問題はない。
役員たちとささやかながらお祝いをする。こういう時には家が広いといい。クロの方は客が多いのを嫌がって隠れているけれど。
それで俺は逃げて来てから4日間は家に引きこもって、その後に商会に出ることになった。
ただやはり逃げられた経緯にいろいろ問題がある。シンディやマルコやアーデルベルトとも話して、伯爵だけにはギフトのことを話さないといけない気がしてきた。
「俺のギフトのことだけど、伯爵くらいには話しておかないとうまくない気がする」
「どうして?」
「いくら子爵が無能とは言え、そう簡単に逃げられるものではないし、調べたときに向こうを逃げ出した日にこちらで診察を受けていることがわかってしまう」
「確かに不自然ね」
「それなら初めから知らせておいた方が向こうも信用してくれるだろうし、隠すことにも協力してくれると思う」
「なるほどね」
他の幹部とも話し、伯爵にギフトのことを話すことについて同意を取る。
ただ問題なのは伯爵相手だと、さすがに魔法で口止めをするわけにはいかないことだ。その点だけは彼ら幹部相手とは異なる。
その意味では伯爵相手に一方的に弱みを見せることになる。いまの力関係では仕方がないところもある。それでもあの子爵の圧力から逃れるためには仕方ない。
翌日に伯爵府と司教座に店主が帰還した旨を通知する。合わせて両者に面会を求める。ただし司教には形ばかりのあいさつで、伯爵には実質的な交渉となる。
彼らにはすぐには会えないので、とりあえず騎士団に謝礼を述べに行く。シンディがどうこう従ったので一緒に連れて行った。
騎士団の副団長と面会する。さすがに騎士だけあって大柄で精悍な雰囲気がある。
「この度は私の失踪でお骨折りいただきありがとうございました」
「ずいぶん大変な目に遭ったようだな。よくぞ帰ってこられた」
「はい、騎士団の皆様のおかげ様でとりあえず後に残るようなけがはせずに済みました」
「そうか、それはよかった。それで犯人はどのような者だった? 何か様子はわかるか?」
「主犯は子爵です。はっきり本人が私を傷害しました」
「それは確かか?」
「はい、似顔絵よりはずいぶんけんのある顔でしたがあれは子爵です。周りの者も御館様などと呼んでいました」
「それはまた大変なことだったな。よくぞその方、逃れられたな。信じがたいほどに運がよかった。いや相当危ないところだったぞ」
やはりそう考えるのが普通だろう。はっきり顔を見られたら、それは始末する可能性が高い。
ただもう一つここに問題がある。俺がほとんど逃げられるはずもないのに逃れられたということだ。貴族本人が出て来たのに逃れられるというのはやはり異常で不自然だ。
俺はギフトがあったからたまたま可能だった。だいたい後の方では牢番もややいい加減だったとはいえ、牢には入れられていた。しかもその間ずっと足を縛っていたのだ。逃れられたことを不思議に思うのはわかる。
こちらの副団長にまでギフトのことを知らせる必要はないが、やはり伯爵くらいには話さないとつじつまが合わなくなる。
伯爵からの返答を待って会見に臨む。




