50. 拉致されて運ばれる
クルーズンで夕方に人気がないところを歩いていたら、襲われてしまった。目が覚めると手足を縛られて目隠しとさるぐつわもされて寝かされていた。
拉致されたのだろう。目隠しのせいで何も見えない。下は固く、木の板か何かのようだ。ガタゴトと揺れている。たぶん荷車で運ばれている。
手足を動かして縛りが取れないかと試してみたがびくともしない。しかもそうすると痛い。
何でこんな目に合わなくてはならないのかと思う。自分ではまじめに商売をしてきたつもりだ。人を出し抜いたりしたつもりもない。
もちろんパラダを始め領都系商人はひどい目に合っているが、彼らは俺の財産を奪おうとしたので返り討ちにしただけだ。そのときだってことさら相手の被害を大きくしたこともない。
この後どうなるのだろうか。命だけは何とかなるような気がする。殺すなら襲ったときかそのあとすぐに始末しそうなものだ。
ということは捕らえてどこかに連れて行って俺か商会を脅すということか。子爵か、その手下か、あるいは誰か領都系の商人だろうか。
誰かはわからないが、下らないことをする。俺か商会かを脅迫して財産を取り上げたとする。だが俺を釈放した後に訴え出られたら終わりだろう。
脅迫して財産を取り上げて俺を殺すか行方不明にしたとしても、財産を受け取ったものが調べられるに決まっている。
確かに子爵自身なら調べられにくいが、それにしても悪評はすさまじくなるだろう。人口流出も加速するに違いない。
だいたい俺から資産を奪ったとしてもそれを維持できるかどうかは微妙だと思う。数十億などあればそれだけで維持できる可能性はある。
だが俺から奪えるのはせいぜい数億だ。そもそも彼らはまともに財産を築く能力がない。逆に利口ぶって無駄な投資をして失う方は十分に考えられる。
けっきょく俺から資産を奪ったとしても数年で使い果たしてもっと悪い状態になるのではないかと思う。
これがもっと額が大きければ、大きく失う前にもっとましな運用者が出てくる可能性はあるし、そもそも使わずに放っておくことだってできる。ただそこまでの金額ではないということだ。
いろいろ考えがよぎるが、しばらくしてふとギフトのホールで帰ればいいことに気づく。俺を捕えた連中に何かバレる可能性はあるが、命の危険には替えられない。
ところがホールは出るのだが、これは歩かないと向こうに行かないとクロの元に帰れないらしい。そういう事態はいままで想定していなかった。これでは今回のようなときや全身打撲などのときには帰れなくなる。
そうすると結局、拉致犯たちが俺に対して何か事を起こすまで待つしかない。ところでこのまま飲まず食わずにされるのだろうか。
下の方も垂れ流しにされる可能性がある。そればかりは勘弁してほしい。そうなるとこの中が汚くなるから、それだけでも犯人たちにとっては面倒そうだ。俺が糞尿まみれだったら、脅したり尋問するにも面倒だろう。
ところで戦争を経験すると社会がすさむ気がする。それで捕虜の扱いなどもひどくなる。生き死にの前ではたいていのことはどちらでもいいことになるからだろう。
戦争から年月が経つと、だんだん荒っぽい扱い方が見直されていく。習った歴史では大きな戦争自体はここしばらくないようだが、小競り合いのようなことは多発している。
それだけ人を荒っぽく扱って構わないと思っていそうだ。
時間があるといろいろ考えてしまう。俺がいない間、商会は大丈夫だろうか。実務能力から言えばマルコやジラルドは十分有能だ。
ただやはり若い。俺は見た目は若くても中身はオッサンだ。ろくでもない人間と相対した経験も多い。だが彼らにそういう対応はできるのだろうか。
アーデルベルトなら経験も十分豊富だが、本人が商会全体の経営をしたがりそうには見えない。
それに彼らは誰も商会を引っ張っていく感じではない。実は俺もそうでもないし、シンディやアランやカミロがやや無茶するのを何とか制御はできていると思う。
俺がいないとその辺の関係性も変わりそうだ。もしかしたら俺がいたときより上手く行くこともありうるが、逆に空中分解してしまうかもしれない。
いろいろつまらない考えが頭によぎる。だいたい拉致されたときから何日たったのだろう。丸1日はたっていないのかもしれない。
連れていかれる先がゼーランだとすると、クルーズンからは4日くらいかかりそうだ。するとあと3日ほどはこんな状態なのか。
それとも泊まる時くらいはもう少しましなところにおいてくれるのか。夏も過ぎたがまだ寒いと言うほどでもないので、この中で寝ることもできないわけでもなさそうだ。
それから何時間たっただろう。ガタゴト揺れていたのが止まって、少し雰囲気が変わった。ガタゴトと音がする。たぶん荷車のふたでも開けているのではないかと思う。それから声がかかる。
「おい、起きたか?」
「うーっ、うーっ」
「こいつさるぐつわで話せませんぜ」
「ここらあたりは人もいないから取っていいだろう」
どうやら俺を運んでいるところが人に見つかるとまずいらしい。それは人の拉致など犯罪でしかないから仕方ない。ともかくさるぐつわが取られる。
「お前も馬鹿なことをしたもんだな。とにかくさるお方のところに連れて行くからそれまでおとなしくしておけ。下手に騒ぐと命は保証しない」
ありがちな脅しだ。実行犯はどうやらヤクザ者らしいが、この連中に頼んだのがいる。しかもお方というあたりそれなりに高位のものらしい。
やはり子爵だろうか。子爵だとするとなんで騎士や役人を使わないのか。それとも商人たちか。だが商人をお方などと呼ぶだろうか。ただ生命の危険は薄くなったようだ。
ともかく交渉して、トイレだけは使わせてくれないかと頼む。そろそろきつくなっているし、垂れ流しはしたくない。上手く行けばギフトのホールで逃げることもできる。
はじめは渋っていたが、垂れ流しだと後始末が大変になると説得したら手足を縛ったままで排便することになった。衣類がおろされる。屈辱的だ。絶対に仕返ししてやる。
残念ながらホールは使えなかった。とりあえずそれが終わり、また荷馬車に乗せられてどこかへ運ばれた。
とにかく不自然な姿勢で寝ているしかない。それにずっと眠っていたからか眠れない。いろいろと過去のことが思い浮かぶ。前世のこともだ。
あ、今日は帰れないとしたら、皆はどう思うのだろう。クロはさみしがるかな? 不安に思うかもしれない。それにあの神は……、助けてくれないだろうな。
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