(家宰)御館様の激高で会議は終わる
私は子爵領の家宰のイグナシオ。御前会議でのウドフィの報告で、ウドフィは株主総会に出たが、アンドレアン氏に反論され、すごすごと逃げ帰ってきたことまでは話された。
そこでウドフィは私にその後を預けたといい、御館様から経緯を聞かれる。
「イグナシオ! その方どう処理したのじゃ?」
「はい、すぐに総会の会場に向かい、事情を聴きました」
「すぐに官憲を率いてひっとらえればよかったものを!」
そんなことできるか! 馬鹿! と言いたいがそうも言えない。とりあえずやり過ごす。
「そこで、クルーズン伯爵領のアンドレアン商務部長と面会いたしました」
「ほう、それで?」
「アンドレアン氏が言うには、シルヴェスタの出資の主な譲渡先はクルーズン伯爵様とクルーズン司教様とのことです」
「なんだと!」
「はい。一部はクルーズン商人にも譲渡されたようでございますが、大半はその御二方だとのことでした。これについては商会主人のマルクにも確認を取りました」
「それですごすごと引き下がったわけではあるまいな?」
「と、申しますと?」
「この腑抜けが! クラープ町はワシの領地。伯爵や司教の容喙する場ではないわ」
「アンドレアン氏はいつでも話し合う余地はあるとのことでしたので、いったん持ち帰ってきました」
「なぜそこで取り押さえない?」
「お言葉ですが、さすがに取り押さえれば外交問題となります。伯爵はおそらく貴族院に訴え出るでしょう。さすれば王府の介入を招くことになります」
「王府がなんでわが領の政策に介入できるというのだ!」
かなり激高している。しかし戦中でもあるまいし、王国法による支配が強まりつつあり、領主の専断など通用しない場面も多いと言うのに、この方の頭の中は昔のままだ。
「大変に悔しいことではございますが、貴族同士の財産争いとなればやはり貴族院に付されることになります。ついてはまた王府の問題となります」
「さっきから聞いておれば王府王府と、その方誰の臣下だ!」
王府などに調べられたらまずい政策がいくつもあるから、王府が関わってはまずいのだ。それらはすべて御館様の肝いりだ。
だいたい領主が法で領内では好き勝手にふるまえる時代など、50年も前に終わっている。いつまでもそんな騎士物語時代の感覚でいられても困る。
御館様の言うとおりに王府が介入したら、御館様はよくて隠居、悪ければ辺境に領地替え、家臣団はほとんど解散となる。
「もちろん、当子爵領の臣でございます」
「それではなぜ先ほどから王府王府と余の意をくじくことばかり言うのだ?」
私が言わなければ王府が介入しないと言うなら、いくらでも口をつぐむ。だがこのままでは間違いなく介入される。それだけは断固として阻止しなければならない。
「その件を持ち帰って以来、法務担当者、渉外担当者、法学者などとも協議を重ねてまいりましたが、いずれも当領にとっては厳しい状況とのことでした」
「ええい、そんなことはしてみねばわかるまい!」
そんな出たとこ勝負で領の未来に関わるような重大決定をされても困る。以前には戦争などと言っていたが、いちいち言うことが軽いのだ。
「裁判例を調べさせましたが、やはり当領が勝つ見込みは極めて薄いものと思われます」
「だまれ! だまれ! 主君にたてつく痴れ者め! その方は首だ! とっとと出ていけ!」
ずいぶんと簡単に首と言ってくれる。自分の意見に反対されたからと言って、もう少し考えるところはないのだろうか。
ところでウドフィは少しにやけたように見えた。しかしそれはすぐには通らない。前主以来の家臣である旧臣組がこぞって反対したのだ。
「御館様、それはなりません」
「御館様、お考え直しください」
「御館様、騎士団ではそれは受け入れられませんぞ」
複数の重臣に加えて騎士団長も反対する。これではもし強行すれば御館様は隠居となりかねない。私とて、このような重大な場面に何も用意せずに臨んだわけでもない。
法務や法学者との協議だけでなく、重臣たちとの協議も重ねていたのだ。だが今の御館様に採用された新参組の家臣たちはおろおろするばかりだ。
さすがの御館様も恐れをなして発言を一部撤回する。
「ええい、首はつなげてやる。蟄居しておれ!」
しかし旧臣組はそれについても御館様を見据えて、撤回を促す。
「うーむ。ここにいてよい。だがしばらく黙っておれ」
そこで何とか旧臣組も落ち着く。御館様の言にはまったくに重みがない。これでは家臣は御館様の言葉を拠り所にできない。
それから御館様が私の説明したことを他の家臣に確かめる。新参の者は調子のいいことを言うが、旧臣組は全く私の言う通りだと断言する。それでさすがに伯爵や司教からの押収は無理だと悟ったらしい。
ところが御館様は思いもよらぬ思い付きを口にする。
「出資を取り上げられないことは分かった。それではあの忌々しいシルヴェスタの身柄を取り押さえてまいれ!」
家臣たちは驚愕している。そもそも罪を犯したわけでもない者を捕えるなど王国法に反している。まだ50年前の官憲が領民を好き勝手していい時代の感覚なのだ。
それにシルヴェスタはいまはクルーズン市民だ。つまり御館様の言はシルヴェスタを拉致して来いと言っているのに等しい。どこの無法勢力かと思う。
どうしても適法に逮捕したければクルーズン伯爵に申し入れるほかない。そんな申し入れをしても鼻で笑われるだろうが。
私は口をつぐんでいるが、騎士団長はまったくそんなことは受け入れられないと、拒絶の意思を表明する。他の家臣も、旧臣組だけでなく新参組の家臣でさえもそれはできないと首を横に振っている。
けっきょく御館様は思い通りに行かなかった腹いせか会議を中途半端で投げ出してしまった。
やはり通常の報告事項や審議事項を先にしておいてよかった。
ところでここ数年の領政は、いまの御館様の採用した新参組の家臣にいいようにされていたが、この重大な場面では旧臣組が押し返すことができた。
数年来いいところがなかったが、久々に胸のすく結果だ。このまま領政が正常化してくれればよいのだが、果たしてそう上手く行くのだろうか。
長く続きましたが、御前会議は終わりです。中間管理職の苦労がしのばれます。




